(後編)コンテナ苗100万本へ、岐阜樹木育苗センター【遠藤日雄のルポ&対論】

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(後編)コンテナ苗100万本へ、岐阜樹木育苗センター【遠藤日雄のルポ&対論】

前編からつづく)2016年度からコンテナ苗の生産を始めた岐阜樹木育苗センター(岐阜県下呂市)は、年間40万本を供給できる体制を整えた。ただし、これから目標の100万本に近づけていくためには、「苗木生産特有の問題」を解決していかなければならないという。今後、乗り越えるべきハードルには何があるのか? 突破口は見出せているのか? 岐阜県の臼井規浩・森林整備課長と同センターの川添峰夫・シニアマネージャー、そして遠藤日雄・NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長の3人は、最先端の現場から“最適解”に近づいていく。

冬期のスギに低温障害が発生、対策を確立し生産性向上へ

遠藤理事長

これだけ大規模に実生のコンテナ苗を生産し続けているとは驚いた。前例のない取り組みだけに、想定外のことも起こるだろう。現時点での課題を教えて欲しい。

川添シニアマネージャー

当センターで最も生産量が多いのはスギのコンテナ苗だが、冬期に外気にさらすと低温障害が発生することがある。この対策が必要になっている。

遠藤

低温障害とは、冬になるとスギが紅葉したように赤くなることか。

川添

そうだ。スギは低温下になると、ロドキサンチンという物質を出して光環境をコントロールし、自分の体を守ろうとする。このときに光エネルギーが強くなると、光合成ができないので細胞内に障害が発生する。とくに、育苗期間が短いと低温障害が起きやすい。逆に、育苗期間が長いコンテナ苗については、寒風害が発生する恐れがある。

スギコンテナ苗の低温障害対策を試みている
遠藤

克服する術はあるのか。

川添

コンテナ苗のまわりに防風ネットを張って寒風害を防ぐとともに、寒冷紗をかけて光環境を緩和している。また、ベンチ下を空っ風が吹き抜けると培地が乾燥してしまうので、保温フィルムを張っている。冬期は潅水しても凍ってしまうからだ。
 
現在、こうした対策を試験的に行っており、今のところうまくいっている。春には結果を検証し、コンテナ苗を育苗棟の外部も使って育てることを軌道に乗せたい。そうすれば、生産性をより高めることができる。

住友林業の進出に合わせ地元生産者支援事業、両者で協定

遠藤

ところで、住友林業のような大手企業が苗木生産に参入すると、地元の苗木生産者にとっては脅威に映るのではないか。

臼井森林整備課長

その点を考慮して、住友林業の進出と合わせて、既存の苗木生産者向けに補助事業を立ち上げた。この事業を活用して、コンテナ苗の生産を始めたり規模を拡大する取り組みを支援し、全体的な底上げを図るようにしている。
また、住友林業と県の山林種苗協同組合のメンバーとは早い段階で顔合わせをし、お互いの技術などで学べるものは学ぶ、情報も共有するというスタンスでやってきた。昨年6月27日には両者間で協定を結び、苗木の増産などで協調していくことも申し合わせている。

遠藤

そこまで県をあげて取り組んでいるのか。

臼井

本県は、2017年度から2021年度を期間とする「第3期森林づくり基本計画」を策定し、重点課題として次世代につなぐ森林資源の確保をあげている。のように、現状では人工林の6割が8~12齢級(40~60年生)に集中する偏った齢級構成になっており、5齢級(25年生)までの割合は3%以下しかない。このまま推移すると、100年後には資源の枯渇も懸念される状況だ。
 
また、2011年に森の合板協同組合の工場ができ、2014年には瑞穂市で木質バイオマス発電所が立ち上がり、2015年には中国木材(株)による長良川木材事業協同組合の製材工場が稼働を始めた。わずか4~5年の間に県内の木材需要が24万m3も増えており、間伐主体の森林施業から主伐(皆伐)・再造林へのシフトを早めて、更新対策を強化することが急務になっている。

再造林率は5割以下、価格に見合ったコンテナ苗を目指す

遠藤

岐阜県内の再造林率はどれくらいになっているのか。

臼井

「基本計画」では、100年先の森林づくりと林業振興に向けた目標数値を定めている。昨年度の状況として、再造林の目標面積が345haであるのに対し、実績は168haと半分以下だった。地域森林計画上、伐採した翌年から5年以内に高木性の樹種がha当たり1万本以上あれば天然更新したとみなされることもあって、伐採届は天然更新によるものが圧倒的に多い。
 
苗木生産量や木材(丸太)生産量、作業道の開設などはほぼ計画どおりの実績となっているが、主伐・再造林への切り替えはまだ十分に進んでいない。搬出間伐で木材を安定的に調達しようとしても限界がきつつあり、モデル団地を設定して取り組みを強化する「健全で豊かな森林づくりプロジェクト」*1のような呼び水的予算措置が必要になっている。

遠藤

主伐・再造林を推進するためには、伐採と地拵え、植栽を同時に行う一貫作業システムを導入して低コスト化を図ることが有効だ。そこでカギを握るのがコンテナ苗の活用だが、まだ裸苗に比べて価格が高い。もっと安価になれば普及ペースが上がるのではないか。

1年未満で規格を満たす苗木を生産している
川添

コンテナ苗の生産では、施設整備や容器の購入など初期投資に経費がかかる。償却費やイニシャルコストをどう落としていくかが課題だ。当センターでは、スギのコンテナ苗を1年未満で出荷できる体制を構築しており、生産期間を短縮して間接経費の縮減に努めている。
 
苗木生産の先進国とされるオーストリアでも、コンテナ苗の価格は裸苗の2倍程度になっているが、品質の高さが評価されて需要が伸びているという。最も重要なことは、価格に見合う価値のあるコンテナ苗を供給していくことだろう。

スギの特定母樹を増殖し、今春からカラマツ採種園を造成

遠藤

最後に聞きたい。ここでは実生のコンテナ苗を大量生産しているから、優良品種の種の確保が生命線になるのではないか。

川添

そのとおりだ。現在使っているのは、すべて精英樹の種になっている。2013年5月の間伐等特措法の改正*2*3民間企業も特定母樹の増殖に参画できるようになった。そこで、森林総合研究所の林木育種センターからスギの特定母樹を分けていただき、昨年5月から閉鎖型のハウス内でクローン増殖を行っている。3年目くらいから種がとれるようになる見込みだ。

遠藤

スギ以外の樹種については、どう取り組んでいくのか。カラマツのニーズが高まっているという話だったが。

臼井

育苗棟に隣接する県有地を活用して、住友林業が今年の春からカラマツの採種園を造成していく計画だ。カラマツの特定母樹を150本くらい4m間隔で植栽し、育てていくことにしている。

遠藤

100万本体制の達成に向けて、民間企業と自治体が二人三脚で歩みを進めている現状がわかった。本邦初のケースであり、事業成果などを全国に広げていってもらいたい。

カラマツ採種園の造成予定地

遠藤日雄(えんどう・くさお)

NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長 1949(昭和24)年7月4日、北海道函館市生まれ。 九州大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士(九州大学)。専門は森林政策学。 農林水産省森林総合研究所東北支所・経営研究室長、同森林総合研究所(筑波研究学園都市)経営組織研究室長、(独)森林総合研究所・林業経営/政策研究領域チーム長、鹿児島大学教授を経て現在に至る。 2006年3月から隔週刊『林政ニュース』(日本林業調査会(J-FIC)発行)で「遠藤日雄のルポ&対論」を一度も休まず連載中。 『「第3次ウッドショック」は何をもたらしたのか』(全国林業改良普及協会発行)、『木づかい新時代』(日本林業調査会(J-FIC)発行)など著書多数。

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