【第3回】激論! 生態系確保と林業経営の狭間で─速水亨のFSC「森林認証」取得日記─

【第3回】激論! 生態系確保と林業経営の狭間で─速水亨のFSC「森林認証」取得日記─

平成11年9月22日 公聴会を開催、関係者から意見を聴く

午前中、「パブリック・ミーティング」(公聴会)が実施された。速水林業に対する意見や評価を関係者から聴取するのが目的で、認証審査の中でも重要な手続きの一つだ。人選は基本的に認証機関のSCSサイドで行われ、製材業者や環境保護団体、林野庁、三重県、海山町の役人、従業員など二十五名に集まってもらった。このほか、森林認証に興味があってやってきた“飛び入り”も加わった。

私が同席したのでは、出席者が自由に発言できないおそれがあるということで、私は最初に挨拶した後、退席した。客観性と公開性が重要視されているのだ。

あとで聞いた話によると、公聴会では、まず今回の審査基準についてロバートらが説明を行い、問題点がないか出席者に確認した後、4つのグループに分かれて、審査員がストレートに質問を行ったという。日本で初めての森林認証への取り組みを、第三者の立場からどう考えるかなどについても、意見が求められた。 

豪雨の中で現場を視察、「環境配慮」に鋭い質問

午後からは、山に入った。台風が接近して、荒れるかもしれないというので、急遽、ランダムにサンプリングした視察場所へと車を走らせた。ひどい雨だったが、林道の路面上を流れる雨水を、横断溝によってコントロールしていることや、道路沿いの谷でも水が濁っていない様子をアピールできたのは、かえって幸いだった。

作業道を開設したばかりの、約百haの伐採現場で車を降りた。ロバートから早速、鋭い質問が飛んでくる。林分には自信があるが、伐採計画を決める際に、どのような数値的裏付けをもって判断しているか、というような問いかけには、実際なかなか答えにくい。林道や作業道についても、小河川(渓流)の生態系へのインパクトに対する緩衝帯として、自然林をどのように残しているか。川の近くに施工された道は、設計の段階で代替案がなかったのか。走行するトラックの大きさなどに照らして、必要最小限の幅で施工されているか。路網の密度や管理計画…、質問の内容は広範にわたる。同行した請負業者に対しても、工事費用は適切な水準か、工事に当たって、どのような環境的配慮を要求されているかなど、こと細かにヒアリングしていた。

雨に濡れたこともあって、疲れて事務所に戻った。資料の整理が残っていたので、川端康樹さん(私の片腕となって動いてくれる従業員の一人)と、夜中までかかって作業した。彼が帰った後も、明け方近くまで準備がつづく。睡眠不足はピークに達している。

9月23日 生態系確保には経営上の決断が必要

本日も現場視察。昨日は山の内陸側に行ったので、今日は海岸側の二カ所の小林分を回った。行き先はランダムに選ぶのだが、二カ所とも伐採搬出の作業場になった。天気は相変わらず、強い雨が降ったり止んだりで、濡れながら山を登った。

どこで玉伐りするのか? 伐るのは誰か? 技術はしっかりしているか? 間伐の選木は誰が行うのか? 現場の実務者にどのような教育を行っているか?──質問は、今日も矢継ぎ早に飛んでくるが、しかし、実に的を射ている。

午後は、一番奥の山にある広葉樹林へと足をのばした。雨は次第に激しくなっている。険しい道を車で登っていく途中、睡眠不足と疲れが重なり、運転しながら気分が悪くなった。何から何まで一人でこなすのは、ちょっときついかな、と感じた。

現場で、生態系の保護について議論になった。ロバートが、「この広葉樹林は将来どうするつもりか」と訊ねてきた。広葉樹林を残すのか、残さないのか、私の考えを確かめている。私は、「経済情勢の変化にもよるが、しばらくは林種転換を行うような状況にはならないだろう」と答えた。同じようなやりとりを何度か繰り返した。

生態系に関しては、これまでも経営の中で配慮してきた自信がある。今ここで、目の前の広葉樹林を生態系保護区として確保すると約束すれば、審査がすんなりと通ることも理解できる。だが、まだ一歩踏み込めていないのかもしれない。生態系保護区とは、収穫を

しない森林であり、地域の典型的な自然林相が理想だという。経営上はなかなか厳しい注文だ。最後には何らかの決断が必要だろう。考え方を整理して、自分自身を説得してみることにした。

勘と経験だけの林業経営は通用しない

事務所に戻ってからも、生態系に関するディスカッションが続いた。私の山は99%がヒノキだが、「なぜスギを植えないのか」と突っ込んでくる。私は質問の意味を量りかね、戸惑いながら訊ねてみると、「遺伝子が2倍になるからだ」という。なるほど、これは理屈だ。それならば、と私も理屈で答える。「この辺の地域では、スギとヒノキを同時に植えても、30年生前後になると、成長量ではヒノキがスギを追い抜いてしまう(実は以前に試したことがある)。むしろ、ヒノキ林の内部に広葉樹を誘導して、下層植生を維持する方が、地域にあった多様性確保につながる」。

林道についても、さらに細かいチェックを受けた。例えば、設計・施工の段階で、景観や希少植物などについてどのように配慮しているか。中でも、水と水辺環境に関するチェックは、ことのほか厳しい。皆伐はもちろん、間伐に関しても、水源かん養機能への配慮を追求される。

激論になった。すべてに理由・理屈が求められる。正直言って、これにはマイッタが、いい勉強になった。第三者に自分の林業経営を認めてもらうためには、①計画の必然性②裏付けとなる科学的なデータ③証拠としての記録──が不可欠と痛感した。“経験と勘”だけでは、彼らには通用しないのだ。

日本経済新聞の記者が取材にやってきた。一林業家の取り組みを全国紙がとりあげてくれたのは意外だった。つづく

(トップ画像=雨の山中で続く現場審査)

『林政ニュース』編集部

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