【第2回】「日本初」の壁を乗り越えて─速水亨のFSC「森林認証」取得日記─

【第2回】「日本初」の壁を乗り越えて─速水亨のFSC「森林認証」取得日記─

平成11年3月18日 準備作業スタート、資料の英訳から

カリフォルニアのロバート(認証機関SCSのスタッフ)からEメールが届いた。「まだ認証をする気持ちは忘れていないかい」とのんびりしたものだが、「速水林業の経営はSCSの認証審査に充分耐えられるだろう」と書き添えられており、大いに勇気付けられた。私は、「気持ちは変わっていない。必要書類を教えてくれ」と返事を送って、本格的な準備作業にとりかかることにした。

WWFジャパンの前澤氏にお願いしている準備も進んでいるようだ。SCSの「パートナー」として認証審査に加わる日本人メンバーの候補者を提案してもらうことになっている。メンバーは、五月ごろにロバートが来日して面会の上、決定される。

私の方は、基本資料を整理して、英訳しておかなければならない。

6月25日 国内外の専門家で審査チーム、費用は400〜500万円

ロバートの来日が一カ月延期になり、昨日の夜、会うことができた。ロバートは候補にあがっている日本人パートナーとの面会を済ませ、手応えを感じたようだ。名前が挙がっているのは、京都大学の芝正己助教授、東京大学の白石則彦助教授、フリーで環境調査に取り組んでいる富村周平氏の三人。

ロバートは、「このうち二人でも認証審査は可能だ。コスト面を考えれば、それも選択肢の一つだ」と気遣ってくれた。だが、WWFの前澤氏が、日本で最初の認証事例として、施業計画や生態系などのすべての面からチェックできる審査体制を希望しているのは察しがつく。私としては難しい選択だが、日本人の林業経営者として初めてFSC認証に挑戦するからには、国際的に通用する普遍的な角度から経営を審査してもらいたい。また、これを機会に、森林認証を理解し、広めてくれる若手の専門家にできるだけ多く参加してほしいという気持ちも強い。この際、思い切って、ロバートと候補にあがった三氏全員でチームを編成し、審査してもらうことにした。

認証機関SCSとのやりとりに関しては、日本環境リサーチ(株)の遠藤さんと伊藤さんに窓口になってもらう。今日は午前中から、ロバートと両氏で、私がまとめた英文資料をチェックし、今後のスケジュールや役割分担などを決めた。認証審査は、9月13日にスタートすることになりそうだ。

さて、今回の費用だが、400万円くらいはかかるだろう。300万円台で納まればありがたいが、場合によっては500万円近くまで覚悟する必要がありそうだ。もっとも前澤氏は、それほど高額にはならないと考えている様子だが。

いずれにしても、これは私の林業経営を認めてもらうための費用だから、文句は言えない。「持続可能な経営」なら、認証コストを吸収できて当然のはずだ。やはり挑戦しよう。考えてみると、FSC認証制度は、こうして経営者の意欲をかき立てながら、環境保全を図る手法なのだろう。コスト負担できる者だけが挑戦すればいい。

補助金などを使って無理してまで取得する必要はない。認証を受ける者・受けない者がいるから成り立つ、これは差別化なのだ。

とはいえ、初めて実行することは、金も時間も余計にかかる。だが、速水林業は昔から、常に日本林業の先端を走ってきた自負がある。高性能機械の導入しかり。今度もその延長なのかもしれない。

9月21日 審査初日、人工林経営に生態系保全が求められる

日程調整の都合で予定より一週間遅れたが、いよいよ本日から審査が始まった。ロバート以下四人の審査メンバー、日本環境リサーチのスタッフ、そしてオブザーバーとして、日本で唯一のFSC会員であるWWFの前澤氏ら、関係者が海山町に集合した。

最初に実施されたのは、現場に出る前のオリエンテーション。SCS所定の認証基準を、この海山町の条件に適合させるよう整理が行われた。日本にはまだ、欧米にみられるような森林を含めた「地域ガイドライン」が存在しないし、FSCの作業部会もない。このため、ロバートが昨年当地を訪れたときの記録や、各種の資料を参考にしてつくられた「SCS(科学的認証システム)森林保全プログラム─日本の人工林管理に対する認証基準草案─」をもとに検討が行われた。審査チームのメンバーが項目を追って読み進めながら問題点を拾い上げ、一つひとつ議論し、リーダーであるロバートがFSC基準に照らし合わせていく。

まず、どのタイプの認証を受けるか選択しなければならない。認証には、①Plantation Forest(人工林)②Natural Forest(天然林)③Mixed(混交林)④Semi-Mixed(準混交林)──の四種類がある。

これまでに認証を受けた森林は、②か③が圧倒的に多く、①人工林は、ブラジルなどごく一部にすぎない。人工林だけを対象にすると、生物多様性の確保が認められにくいことが理由のようだ。

しかし、ロバートは、今回の認証審査を、①人工林タイプで実行するとして、メンバーの了解を求めた。そして、彼の提示した基準は、なんとブラジルの人工林に適用した認証基準をベースにつくられていた。これには驚かされたが、冷静に考えてみると、人工林の持続性と環境基準は、何処に適用しても大きな違いはないはずだ。

メンバーはロバートの考えに賛成し、私も同意をした。

このほか適用基準の検討は詳細にわたり、いくつかの不都合が指摘され、修正も加えられた。とくに印象深かったのは、生態系保護区の設定に関して。基準によると、施業地全体の20%を保護区に設定しなければ100点満点に評価されない。では、山に天然広葉樹がなければどうするのか?──ロバートに訊ねると、「買えばいい」とあっさり切り返された。私が購入した広葉樹が開発や伐採から守られ、社会のためになるのだという。ロバートはさらに続けて、「亨が認証を必要とし、メリットがあると考えるなら、広葉樹林を買いなさい。そのコストがもったいないと思うなら、認証をあきらめるしかない。認証は差別化という経済行為、あきらめるのも自由だ。でも君は200ha以上の広葉樹林を持っているではないか。昨年見せてもらった林分はエキゾチックだったよ」と言った。

結局、日本の国情などを勘案して、面積条件を「10%以上」に緩和してもらったが、「この仕事は本当に厳しい仕事になる」と実感した。つづく

『林政ニュース』編集部

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