(後編)“森林の価値の最大化”に挑む宮城十條林産【遠藤日雄のルポ&対論】

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(後編)“森林の価値の最大化”に挑む宮城十條林産【遠藤日雄のルポ&対論】

前編からつづく)宮城十條林産(株)(宮城県仙台市)は、林業を通して様々な社会課題を解決する方針を「×(クロス)林業」として「MISSION」に掲げ、「すべての人々と共有する森林の価値を最大化する」ことを「VISION」として打ち出して、新たな事業展開に踏み出している。素材(丸太)生産を基軸にしながらグループ全体でビジネスモデルの刷新を目指している同社が描く「林業の未来」とはどのようなものか。亀山武弘・代表取締役社長と梶原領太・山林部課長兼経営企画室長に、遠藤日雄・NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長が問う。

森林調査や材積計測を皮切りに全事業のスマート化を進める

遠藤理事長

宮城十條林産は、デジタル技術を活用した林業のスマート化を目指しており、まずすぐに成功体験を得られる出退勤報告などをスマートフォンで行えるようにしたということだが、ほかにはどのような取り組みを進めているのか。

梶原課長

立木購入の際に行う森林の調査に関わる業務の効率化を進めている。ドローンで上空から林分の状況や材積などを計測し、客観的なデータをもとに公平で透明性のある売買に向けた実証を行っており、間もなく実装される予定だ。

遠藤

そうしたことが技術的には可能になってきているようだが、様々な思惑もからむビジネスの現場で使えるものなのか。

梶原

毎年多くの森林を調査して購入し、素材生産で答え合わせができる弊社であれば、ドローンの計測データから実際の収穫量に落とし込む係数を開発できる。こことコストがボトルネックで林業では実装されてこなかったが、コストはスケールをもって内製化することでクリアできる。
また、森林整備事業など補助金の申請では、3年前に林野庁が出したガイドラインを踏まえて、2年前から造林、下刈り、間伐など、ほぼすべての補助事業の測量をドローンで行っており、現在では部分的に現地検査も省略している。現地での検査作業を大幅に省力化できるので、専用のWeb GISも開発し、新たなサービスとして弊社のパートナーに提供していく予定だ。

遠藤

ほかにもスマート化を進めていることはあるのか。

梶原

大きな成果だと感じているのは、チップ工場におけるドローンによる棚卸だ。従来は、丸太の上に登ってメジャーを使って測っていたが、手間がかかるし危険だった。これをドローン計測で代替したわけだが、これまでと違うのは、現場からの提案で実現したことだ。つまり、すぐに得られる成功体験を多く重ねた結果、その効果を実感した現場から提案が出てくるように変わってきたということだ。こうなるとスマート化を加速させることができる。現在ではサプライチェーン全体の中長期的なスマート化に着手している。

ドローンによる棚卸のイメージ

2050年までに年間100万m3の素材生産体制を目指す

遠藤

宮城十條林産の足元の業績も教えて欲しい。会社全体の売上高はどのくらいなのか。

亀山社長

直近では約26億円になっている。内訳は、素材生産事業が約6割、チップ生産事業が約2割、製材事業が約2割という比率だ。

遠藤

主力の素材生産事業は、どのように行っているのか。

亀山

弊社の直営班と協力会社が連携して伐出や植林事業を進めている。協力会社を含めた作業員は、70名くらいになっている。
弊社は、約100台の林業機械を保有しており、これらを協力会社の要望に応じて貸し出して、現場作業の効率化と安全性の向上を図っている。減価償却が済んだ林業機械は、協力会社に譲渡することもある。

遠藤

年間の素材生産量はどのくらいなのか。

亀山

約15万m3だ。今年(2023年)策定した経営戦略で、これを2050年までに100万m3へ増やすことを目指している。

遠藤

100万m3! ものすごく大きな目標だが、達成可能なのか。

亀山

確かに大きな目標だが、このくらいを目指さないと日本林業の未来は見えてこない。欧米の林業会社は100万m3を超えるようなスケールで事業を展開しており、最新のデジタル技術を導入したスマート化も急ピッチで進めている。日本の林業会社も、ビジネスのあり方を抜本的に見直していかないと、国際水準から取り残されてしまうだろう。

梶原

欧州の林業の調査を継続的に行っている。機械などだけではなく、特に経営を参考にしたいと考えている。例えば、フィンランドのナンバー3の林業会社でも年間に約120万m3の素材生産を行っている。スウェーデンのナンバー1は1,000万m3だ。高性能林業機械を駆使した効率的な作業システムが確立されていて、オペレーターの給与水準も高い。よく北欧は地形がフラットだからなどと言われるが、一方で収穫までは100年かかる。要は、その国の環境条件に合わせたイノベーションを継続的に行えるかどうかだと考えている。

バイオ発電への参入を検討、グループ全体でリスクを減らす

遠藤

100万m3体制に向けた道筋はどう描いているのか。素材生産量を増やすためには、出口(需要先)を広げていく必要があるが。

梶原

「MISSIN」である「×林業」の1つとして、「エネルギー×林業」の取り組みを強化して新規需要を生み出すことにしている。具体的には、木質バイオマス発電事業の立ち上げを検討している。

遠藤

バイオマス発電事業は全国各地で行われているが、うまくいっていないケースも散見される。

梶原

一番の問題は、燃料材の調達だろう。その点、弊社は林業を軸にした事業を展開しているので、燃料材を安定的に供給できる強みがある。
また、ポートフォリオマネジメントの観点から、バイオマス発電事業を手がけることで、グループ全体のレジリエンスが高まると考えている。例えば、木材の価格は市況によって乱高下するが、FIT(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)に認定されたバイオマス発電所では売電価格が20年間保証される。燃料材の価格が高騰すると利益率は低下するが、そのときは弊社の主力である素材生産事業が高収益でその逆も然りだ。つまり、グループ全体ではリスクが低減されて経営が安定化し、継続的な投資が可能になる。

最も重要なのは「人への投資」、現場を任せる機会を増やす

遠藤

宮城十條林産の「VISION」にある「森林の価値を最大化」するために、「×林業」を増やしていくという戦略がわかってきた。

亀山

基本的に素材生産量を増やして、森林の循環利用を進めていきたい。そのためには、再造林専門チームを立ち上げ、今後増やしていくことも経営戦略で位置づけている。
弊社の事業範囲でも森林所有者の高齢化が進んでいて、所有林の経営や管理について相談を受けることが多くなった。弊社が受け皿となって、地域の森林を持続的に経営・管理できる基盤がつくれれば、日本林業の未来が拓けてくる。森林経営管理制度なども活用しながら集約化を進めて、循環利用できる森林を増やしていきたい。

遠藤

そうした未来を実現するために、今、最も注力すべきことについてどう考えているか。

亀山

一番重要なのは、「人への投資」だ。弊社のような林業会社は、工場のように設備投資をすれば成り立つというものではない。自ら事業をマネジメントできるような人を育てていかないと、地域に広がる森林の経営・管理はできない。

遠藤

人を育てるために重視していることは何か。

亀山

キャリアアップに必要な研修や学習などへの支援を拡充することに加えて、若いうちから現場を任せる機会を増やすようにしている。弊社の業務の大きな特徴は、山に行って立木を見て購入することだ。そのために必要な能力は、現場で磨いていくしかない。ある意味では、泥臭い仕事といえるが、責任を持ってこれをこなせる人材が増えてくれば、日本林業の大きな支えになる。人への投資を怠らずに、人を育てていけば、100万m3体制の達成は決して不可能ではないと考えている。

(2023年10月2日取材)

(トップ画像=宮城県内の3か所にあるチップ工場は燃料材の供給拠点にもなり得る)

『林政ニュース』編集部

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