(前編)“森林の価値の最大化”に挑む宮城十條林産【遠藤日雄のルポ&対論】

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(前編)“森林の価値の最大化”に挑む宮城十條林産【遠藤日雄のルポ&対論】

時代の荒波を乗り越えて企業を存続・成長させていくためには、取り巻く環境やニーズの変化を鋭敏にとらえて、事業内容を柔軟に見直していく必要がある。これは「経営のイロハ」にあたることだが、頭でわかっていても、実際に行うことは難しい。日々の仕事に追われる中では、なかなか「新たな一歩」を踏み出せるものではない。何か参考になる事例はないものかと思案していた遠藤日雄・NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長のもとに、1つの情報が届いた。それは、宮城県仙台市に本社を置く宮城十條林産(株)(亀山武弘・代表取締役社長)が新たなビジョンを打ち出して、新規事業を展開し始めているという一報だった。1947(昭和22)年に創業した同社は、76年の社歴を有する老舗の林業会社として知られる。業界内では“古豪”に位置づけられる同社がここで大きく舵を切り始めたのはなぜか。ビジョンに込められた真意を知るために、遠藤理事長は同社のトップに「対論」を呼びかけた。

「MISSION」の「×林業」と「VISION」の実現を目指す

遠藤理事長との「対論」に応じたのは、宮城十條林産社長の亀山武弘氏(47歳)と、社長の右腕として新規事業などを担当している山林部課長兼経営企画室長の梶原領太氏(45歳)。亀山武弘氏は、同社の創業者である亀山幸太郎氏を祖父に持つ3代目社長。梶原氏は、国際航業(株)(東京都新宿区)で森林の調査やマネジメント業務などに従事した経験を活かして同社に入った。両人とも働き盛りの40代だ。

遠藤理事長

宮城十條林産のホームページにアクセスしたら10月6日にリニューアルされたばかりだった。動画を中心とした洗練されたデザインで、発信力を高めようという意気込みが伝わってくる。とくに、トップページに掲げられている「MISSION」と「VISION」が印象的だ。

亀山社長

「MISSION」には、常に林業を軸として各時代の社会課題・要求に応えてきた弊社の歩みを「×(クロス)林業」として再定義した。これを踏まえて、これからの方向性を「VISION」として示している。

亀山武弘・宮城十條林産代表取締役社長
遠藤

「×林業」とは、どういう意味なのか。

亀山

弊社は、戦後の燃料不足の時代に「燃料×林業=木炭」で創業し、戦後復興過程では、「製紙×林業=チップ業」、そして建築ラッシュに応えるために「建築×林業=製材業」を興して日本の高度経済成長を支えてきた。林業と何かを掛け合わせることでソリューション=事業を展開してきた。この姿勢は、これからも変わらないことを「×林業」で表している。

遠藤

では、「VISION」とは?

亀山

「すべての人々と共有する森林の価値を最大化する」と定義した。森林は、直接・間接的にほぼすべての人々に何らかの価値を提供している。弊社は、林業を軸に事業を展開することで、これらの価値をバランスよく最大化することができると考えている。

立木の伐出から製材、チップ生産、運輸、造園などもカバー

遠藤

「MISSION」と「VISION」が企図していることをもっと聞きたいが、その前に足元の状況も教えて欲しい。宮城十條林産の現在の事業概要はどうなっているのか。

亀山

当社は、森林所有者から立木を買い取って伐採・販売する山林伐出型の林業を中心に、建築用の製材品と製紙・発電用の木質チップを製造する事業を行っている。事業エリアは東北4県に及んでおり、宮城県内の白石市に製材工場、栗原市・気仙沼市・大崎市にそれぞれチップ工場がある。営業所は、県内6か所のほか福島県の郡山市にも置いている。従業員数は約70名で、年齢構成は20代から60代まで幅広い。

遠藤

宮城十條林産には関連会社もあるようだが。

亀山

グループ会社として、原木や木材製品などの運送を担う宮十運輸(株)、造園工事や法面工事、土木工事などを手がける宮十造園土木(株)、環境アセスメントや森林調査などを行う(株)宮城環境保全研究所があり、グループ全体の従業員数は約110名になっている。「MISSION」と「VISION」の実現に向けて、グループ間の連携をさらに強化していくことにしている。

イノベーション、エネルギーなどを掛け合わせて社会に貢献

遠藤

グループ全体で川上から川中までをカバーする広範なビジネスを展開していることがわかった。これだけの事業基盤を「MISSION」と「VISION」のコンセプトのもとに発展させていこうと考えているのか。

亀山

方向性としてはそうなる。弊社は、森林所有者からできるだけ高く立木を買って、山元への利益還元を増やすことに努めてきた。ただ、今、求められていることは、それだけにとどまらない。地球温暖化や災害の防止、再造林の促進など様々な社会課題を解決していくためには、森林所有者を含めたすべての人々と森林の価値を共有し、最大化していく必要がある。その思いを「VISION」で示している。森林の価値を高めていくためには、例えば、「環境×林業=持続可能な森林経営」、「イノベーション×林業=スマート林業」、「エネルギー×林業=バイオマス利用」、「金融×林業=森林ファンド」などの取り組みが必要になる。

遠藤

よく“儲かる林業”の実現が課題と言われるが、宮城十條林産の場合は、もっと広い視野で林業を進化させようとしているように映る。

亀山

弊社の新入社員などをみていると、お金を稼ぐのは当たり前で、社会にプラスになることができるかを考えている人が多くなっている。こうした人材を活かしていくためには、「×林業」の事業を広げていくことが不可欠であり、ICTなどに関する知見が豊富な梶原さんに中心的な役割を担ってもらっている。

スマホで出退勤を報告、成果の出やすい業務からスマート化

遠藤

梶原さんは国際航業から転職されたということだが、宮城十條林産のどこに魅かれたのか。

 

梶原領太・宮城十條林産山林部課長兼経営企画室長
梶原課長


たまたま製材工場の見学に訪れた際に、聞いたことがない素材生産量に耳を疑った。林業だけでなく、製材、チップ生産のほか幅広い事業を行っていることで、川上から川中まで一定のスケール感でサプライチェーンを構築しており、このスマート化にチャレンジすることで日本の林業を変えられるのではと考えた。入社してまず感心したのは、業務の基準書を作成していることだった。林業の世界は、「背中を見て覚えろ」が基本になっている中で、具体的な作業手順や目標などを整理して共有していることは先進的といえる。

遠藤

今はどのような業務をスマート化しようとしているのか。

出退勤情報を管理するスマホアプリのイメージ
梶原

第1段階として、成果の出やすいものから着手している。いきなり大がかりなことに取り組んでも、成功の実感が湧くまでに時間がかかり、使えないと烙印が押されるケースが多い。
そこで、出退勤の報告や記録などをスマートフォンで行うことから始めた。スマホの専用アプリに入力するだけで、現場へ直行・直帰できるようになった。また、先ほど述べた業務基準書もスマホやパソコンでいつでも簡単に確認でき、改善提案などを行いやすくした。
これらと並行して中長期的なスパンでもスマート化を進めており、順次、現場で実装していくことにしている。今の仕事のやり方を大幅に効率化・省力化できると考えている。(後編につづく)

(2023年10月2日取材)

遠藤日雄(えんどう・くさお)

NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長 1949(昭和24)年7月4日、北海道函館市生まれ。 九州大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士(九州大学)。専門は森林政策学。 農林水産省森林総合研究所東北支所・経営研究室長、同森林総合研究所(筑波研究学園都市)経営組織研究室長、(独)森林総合研究所・林業経営/政策研究領域チーム長、鹿児島大学教授を経て現在に至る。 2006年3月から隔週刊『林政ニュース』(日本林業調査会(J-FIC)発行)で「遠藤日雄のルポ&対論」を一度も休まず連載中。 『「第3次ウッドショック」は何をもたらしたのか』(全国林業改良普及協会発行)、『木づかい新時代』(日本林業調査会(J-FIC)発行)など著書多数。

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