(中編)先人の遺志を継ぎ飛躍を目指す伊万里木材市場【遠藤日雄のルポ&対論】

(中編)先人の遺志を継ぎ飛躍を目指す伊万里木材市場【遠藤日雄のルポ&対論】

前編からつづく)2年連続で年間の原木(丸太)取扱量が60万m3を超えた(株)伊万里木材市場(佐賀県伊万里市)は、日本を代表する国産材供給基地として、その存在感を一段と高めている。だが、同社の伊東貴樹・代表取締役社長は、好調な実績に慢心することなく、林雅文・前社長の経営方針を継承・発展させることに注力している。その背景には、国産材業界を取り巻く環境が急変していることがある。国内の人工林が本格的な利用期に入る一方で、人口減少によって既存の住宅市場は縮小しており、トップリーダーには時代を切り拓いていくような舵取りが求められている。では、伊東社長は、林前社長の遺志を継いで、どのような“次の一手”を繰り出そうとしているのか。遠藤日雄・NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長が問いかける。

取り扱う原木の大半を「システム販売」で供給し、量を追求

遠藤理事長

国産材業界全体では停滞感がみられる中で、伊万里木材市場が原木取扱量を増やしている理由をもっと詳しく知りたい。何か秘訣があるのか。

伊東社長

弊社の場合は、個々の取引先と協定を結んで直接売買する「システム販売」をメインにしている。入札で販売する「市売」は、優良材や特殊材に限定して行っており、全体の3%程度でしかない。

遠藤

年間約60万m3もの原木の大半を「システム販売」で供給しているのか。他の原木市場が「市売」を主体にしているのとは対照的だ。取引先と「システム販売」の協定を締結するためには、原木の価格や量、品質などを一定に保つことが必要になる。それだけ供給責任が増すことになるが、大変ではないのか。

伊東

「システム販売」の手数料は「市売」よりも安く設定して、取扱量を増やすというメッセージを取引先に伝えるようにしている。お互いに量を増やして利益を上げるのが「システム販売」の目的だ。
この方針は、林前社長と何度も確認して実践してきた。それが2年連続で60万m3を突破できた要因だと考えている。「システム販売」を通じて量を追求している背景には、原木へのニーズが大きく変わってきていることがある。

新しい“出口”が広がり、A・B・C・D材の違いが曖昧に

遠藤

原木へのニーズの変化とは、合板・集成材やバイオマス発電、海外輸出など新しい“出口(需要先)”が広がっているということか。原木取引の現場では、どのような変化が起きているのか。

伊東

原木を用途別にみると、住宅用のA材、集成材や合板用のB材、チップ用のC材、それ以外のD材に区分できる。これまで長きにわたってA材が主力だったが、今はB・C材にシフトしており、D材も発電用燃料として利用するルートが広がってきた。林前社長は、「流れが変わった」と何度も言っていた。

遠藤

そうなると、A・B・C・D材に仕分ける意味はなくなっているのか。先日、ある合板メーカーの社長に尋ねたら、「私達はB材を選んで買っているわけではない」という答えが返ってきた。合板に加工できれば直材でも曲がり材でも問わずに買っているという。また、木質バイオマス発電所の関係者からは、「発電用燃料を調達するときにA・B・C・D材の割合などは考えない」という話も聞いた。

A・B・C・D材の違いがなくなってきている
伊東

現状で一番原木が足りないと言っているのは、バイオマス発電所だ。燃料用のチップを安定的に確保するために、この価格までならどんな材でも受け入れるというスタンスでやっている。そこに出荷する側がA材やB材を混ぜて販売している実態がある。こうした現状からは、A・B・C・D材の区分は事実上なくなってきていると言えるだろう。

販売先を確保しグレードごとに価格差、木材市場の役割は?

原木市場のあり方が問われている(画像提供:伊万里木材市場)
遠藤

A材とD材が一緒くたにされるのでは、手間暇かけて優良材を育ててもむなしくなってしまう。原木の価値を正当に評価することも必要ではないか。

伊東

その指摘は、原木市場の本質的な役割や機能に関わってくる。弊社の場合は、A・B・C・D材ごとに販売先をきちんと確保して、販売価格にも差をつけるようにしている。

遠藤

具体的に、どのような価格差を設けているのか。

伊東

スギでいうと、A材の直材は1万5,000円(m3当たり、以下同じ)で決めている。以下、小曲がりのB材は1万3,000円、集成材向けは1万1,000円、合板向けは9,000円、バイオマス発電向けのD材は7,000円などとしている。

遠藤

グレードごとに2,000円の価格差をつけているのか。A材の直材と発電用燃料になるD材では8,000円もの開きがある。ただ、A~D材の区分が曖昧になってきている実態からすると、A材の価格をその水準で維持できるのか。

伊東

そこは私共の企業努力にかかってくる。A材の価値をきちんと評価して使ってくれる取引先を見つけることが大切だ。例えば、最近は公共建築物の新築や改築をする際に、県産材や市町村産材などの地域材を指定する物件が増えている。こうした要件に応えられるようなコーディネーター的役割を果たしていきたい。

遠藤

原木の売買を仲介する木材市場という旧来のイメージからは、かなり踏み込んだサービスをしているように映る。

伊東

九州では、山土場から製材工場などに原木を直送するケースが増えており、木材市場を経由する流通ルートが割愛されるようになってきた。
とくに、南九州の熊本・宮崎・鹿児島県では、製材工場を新設するのと同時に原木選別機も導入するようになっている。大型の製材工場では、自ら原木を調達し、仕分けをして加工・販売をする経営スタイルが当たり前になっている。これは製材工場が市場機能を持ち始めたと言うことができ、既存の木材市場からは足りない分だけ買えばいいという状況になっている。
弊社の本社がある北九州の佐賀・長崎・福岡県は、まだ大型工場が少なく、旧来からの市場機能が残っているが、これから先を考えると根本的な見直しが必要だろう。

入札ありきの駆け引き商売から脱却、もっと川上に寄り添う

遠藤

木材市場には、原木市場と製品市場があるが、どちらも曲がり角に来ているようだ。

伊東

製品市場の多くは売れない木材製品を大量に抱えていたが、ウッドショックのときに在庫を売り捌くことができ、結果オーライのかたちとなった。
しかし、今はウッドショックの前よりも状況は厳しいのではないか。住宅市場が縮小し、主要取引先であるプレカット工場などの稼働率が上がらない中で、製品市場がどのような役割を果たせるのかが問われている。
一方、私共のような原木市場も、入札ありきの駆け引きで原木を売っていくようなやり方から脱却していく必要がある。弊社が「システム販売」を基本にしているのは、原木の価格を安定化させて安心して取引ができる環境を整えるためだ。

遠藤

「市売」に頼っていては、もう生き残っていけないということか。

伊東

木材流通を川上・川中・川下に分けると、原木市場は川中に位置する。ただ、川中にありながら、これまでは製材工場など川下の意向に寄り添いすぎてビジネスをしてきた傾向がある。
今後も持続的に経営していくためには、もっと川上に寄り添っていかなければならない。原木市場が成り立っているのは、山から原木を出していただけるからだ。そのためには、再造林可能な価格で原木が流通するようにしなければならない。私共の使命は、造林や育林費用まで加味した原木価格を担保することにある。(後編へつづく)

(2024年7月9日取材)

(トップ画像=発電用燃料になるチップの製造、画像提供:伊万里木材市場))

『林政ニュース』編集部

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