(前編)「森林信託」で山を動かす伊万里木材市場【遠藤日雄のルポ&対論】

(前編)「森林信託」で山を動かす伊万里木材市場【遠藤日雄のルポ&対論】

「信託」という言葉をご存知だろうか。「信頼して託する」という意味で、「信頼できる人にお金や土地などの財産の運用や管理、または処分を委託する」ことだ。この信託を森林経営にあてはめる試みが一部の森林組合などで行われてきたが、これまでは理念先行にとどまり、広がりはみられなかった。しかし、ここにきて新たな動きが出てきた。(株)伊万里木材市場(佐賀県伊万里市、林雅文・代表取締役)が森林整備事業の一環として「森林信託」を実施し始めたのだ。同社の「森林信託」が従来のものと決定的に違うのは、素材(丸太)の安定供給体制構築という大きな枠組みの中に位置づけていることにある。同社の昨年(2016年)の素材取扱量は約54万m3に達しており、単独の原木市場としては全国第1位、愛媛県の素材生産量に匹敵する。これだけの“規模”を背景にした「森林信託」には、どのような狙いが込められているのか。遠藤日雄・NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長が、同社の林雅文社長に迫る。

全国一の素材取扱量も「手山」割合は2割、調達力強化へ

遠藤理事長

まず、「森林信託」に着手した理由を聞かせて欲しい。

林社長

直接的な理由は、素材の調達力を強化するためだ。現在、弊社の素材取扱量は54万m3になっているが、このうち手山生産はわずか2割だ。残りの8割は、国有林のシステム販売や素材生産業者による出材に依存している。これでは心許ないので、なんとかして手山生産を増やしたい。そのための手段が、「森林信託」だと判断した。

林雅文・伊万里木材市場社長
遠藤

原木市場は素材の集荷力が問われるとはいえ、伊万里木材市場のように山と深くかかわろうとするのは珍しい。なぜなのか。

それには弊社の来歴を説明しておく必要があるだろう。弊社は1960年に、伊万里市の街中で素材の市売を始めた。当時は市売最盛期だった。しかし、1980年代に入ると売手市場から買手市場への転換が顕著になり、業績に翳りがみえるようになった。そこで、2003年に伊万里工業団地に移転し、中国木材(株)伊万里事業所と西九州木材事業協同組合とともに木材コンビナートをつくった。これが弊社にとって、大きな転機になった。

約370haの再造林をサポート、赤字覚悟で信用力高める

遠藤

移転を機に、事業内容が変わったということか。

そうだ。市売部門の縮小とシステム販売(協定による直送)へのシフトを進め、平成19年に大分営業所、平成23年に南九州営業所を開設し、素材の取扱量を増やしていった。
だが、1つの壁にぶつかった。素材の調達力を強化するために立木の購入を進めていったが、伐採した跡地をそのままの状態で森林所有者に返していいのかという問題が生じた。そこで始めたのが再造林を支援する事業だ。2008年から着手した。

遠藤

どのような事業なのか。

伐採跡地の再造林が困難な所有者に対して、立木購入の際に、森林整備を請け負いますと提案している。所有者が同意した場合は協定を結び、伐採→地拵え→植林→下刈りを行ってから5年後に所有者へ返している。昨年までの実績は254か所、373haになっている。植林などの作業は、森林組合と連携して補助金を利用しながら行っているが、補助(68%)の残額は弊社が負担している。「出血大サービス」になるが、これが信用力につながり、「森林信託」に着手する素地ができた。

遠藤

なぜ、赤字覚悟で再造林支援事業を続けるのか。

全国的に素材生産量が増えている。それ自体はいいことだが、一方で伐採跡地の植林が思うように進んでいない。九州でも地域差はあるが、再造林率は3割程度にとどまっている。こんな状態が続いていると、社会的な批判が強まっていくのではと心配している。

遠藤

同感だ。「国産材の需要を拡大しよう」とか「東京五輪で木材を利用しよう」などと気勢を上げても、結局は山荒らしをしているだけではないかと言われる前に、対策を真剣に考えなければならない。

所有者に返してもその後は? 5年後の先も長期的に管理

遠藤

さて、再造林を支援する事業が「森林信託」にどのようにつながっていったのか。

実は、再造林支援事業を進めていくうちに、新たな問題が発生した。せっかく植林し、5年間手入れをして所有者に返しても、その後の管理が行き届かないケースが出てきた。所有者の高齢化や後継者不足、立木価格の低迷などがその背景にある。
要するに、5年後をどうするかが見えなくなった。その一方で、所有者からは、5年後も管理してくれないかという要望が出てきた。こうした状況にどう対処すべきか、試行錯誤の末に辿りついたのが「森林信託」だった。

遠藤

これまでも「森林信託」という手法がなかったわけではない。例えば、森林組合法第9条には、「組合員の所有する森林の経営を目的とする信託の引受け」という規定がある。実際に、この規定に基づいて森林組合が「森林信託」を手がけるケースが少数ながらあった。しかしそれは、「森林信託」ありきの発想で、素材生産の拡大とはあまり関係のない次元での取り組みだった。この点で、伊万里木材市場の「森林信託」は、従来にない試みになっているように映る。

所有者だけでなく家族とともに「次代の森林づくり」進める

弊社の「森林信託」は、「長期山づくり経営委託契約」(以下、「長期山づくり」と略)に付帯する事業として、N-WOOD国産木材・環境活用住宅流通機構(本部=福岡市、以下、「N-WOOD」と略)と提携して行っている。
「長期山づくり」の内容は、①所有者の森林経営の実務を所有者の家族の委託で超長期にサポートするPM(プロパティマネジメント)契約、②契約期間は40~50年、③契約期間中の実務一切は伊万里木材市場と協力素材生産業者で行い、契約条件に従ってその収益を還元、④契約期間中の所有者の費用支出は原則的になく、約束された基礎収益配当と、契約期間中に区分された施業期間ごとの収益精算配当の両方が受け取れる──というものだ。

「長期山づくり経営委託契約」と「森林信託」のスキーム
遠藤

「長期山づくり」の契約と「森林信託」とは、どのような関係になっているのか。

「長期山づくり」の契約を確実に実施していくためには、契約時点での所有者だけでなく、その家族などからの同意と協力も必要になってくる。そこで家族信託(民事信託、注)の仕組みを活用し、所有者に家族代表の受託者へ森林財産の継承や分配を信託してもらうようにしている。この実務面をサポートしているのがN-WOODだ。
このようにすれば、現在の所有者(主権者)が取り決めた「長期山づくり」を、次世代への相続以降もそのまま継続していくことができる。森林という財産の継承者、相続者が円満、円滑に、森林から生まれる収益を継続して受け取れるようにすることを目指している(中編につづく)。

(注)「家族信託」とは、財産所有者が意志判断能力を失い、所有財産の管理や処分が難しくなることに備え、事前に保有する財産の管理等を信頼できる家族に託して利用や処分を任せる仕組み。森林所有者の高齢化や不在村化、後継者不足などが進む中で、森林管理の新たな手法としても注目されてきている。

(トップ画像=再造林支援事業の対象地、手前は植栽後5年のスギ)

『林政ニュース』編集部

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