(後編)違法伐採対策で世界をリードするEUの実情【遠藤日雄のルポ&対論】

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(後編)違法伐採対策で世界をリードするEUの実情【遠藤日雄のルポ&対論】

前編からつづく)違法伐採対策で世界の先頭を走るEU(欧州連合)は、今年(2023年)6月にEUDR(EU森林減少フリー製品に関する規則、EU Deforestation Regulation)*1を新たに定め、森林の破壊や劣化につながる恐れのある木材製品や農産物などを市場(マーケット)から排除する規制を一段と強化した。約4億7,000万人が生活するEUは、日本産木材製品の有力な輸出先に位置づけられており、その動向から目を離すことはできない。EUDRを導入したEUという巨大市場は、これからどうなっていくのか。そこに国産材製品を売り込んでいくためには、どうすればいいのか。遠藤日雄・NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長と中村有紀・NPO法人プリファード・バイ・ネイチャー(Preferred by Nature、本部=デンマーク)日本支部代表との「対論」は、国境を超えて林業・木材産業を進化させていくための道筋を描き出していく。

日本は「目立ったリスクなし」、クリーンウッド法など評価

遠藤理事長

EUDRに即して日本から木材製品をEU市場などに輸出していくための方策を考えていきたい。その前提として、日本の林業・木材産業が世界からどのように評価されているのかを確認したい。参考になる指標などはあるか。

中村代表

プリファード・バイ・ネイチャーでは、国ごとに木材調達リスクの情報を公開しており、おそらく世界で最も参考にされているだろう。日本は「(北海道の先住民権利の確認の1点を除き)目立ったリスクなし」と評価されており、日本産の木材製品は追加的なリスク評価や緩和を実施せずに輸入しても問題ないとみられている。
日本は、腐敗認識指数などの数値が他国と比較して高く、汚職が少ないとされ、森林法やクリーンウッド法を施行・改正していることなども高評価を得る要因となっている。ただ、地域限定であったとしても盗伐問題などが発生すると、日本全体の評価が下がる恐れがある。行政の対応も不十分であるとみなされれば、日本が「特定のリスクあり」と評価されかねず、他国の輸入事業者からリスク緩和のため追加書類の提出などが求められ、日本の木材輸出の大きな足かせになるだろう。当会では、近年一部の地域で露呈している伐採届の偽造や境界を越えた伐採などの事案を記載すべきかを残念ながら検討している段階にある。合法性や持続可能性が担保されていない木材製品は取り扱わないという仕組みづくりをさらに進めていく必要がある。

遠藤

グローバル企業は、脱炭素化や自然保護などに取り組んでいることを盛んにアピールしている。日本の林業・木材産業関係者の意識もかなり変わってきているが、現状をどうみているか。

中村

欧米だけでなく新興国でも森林認証材しか取り扱わない企業がどんどん増えている。ESG投資を呼び込むためにも環境や人権、ガバナンスへの配慮は欠かせない要件になっており、大手金融機関などは投資判断の基準にしている。EUでは、森林の減少・劣化に加担していると融資を受けられなくなってきた。

需要を掴むには認証を取得した木材製品の安定供給が不可欠

遠藤

EU市場における木材需給の見通しについて聞きたい。波乱要因として、ロシア・ウクライナ戦争がある。かりに、戦争が収束した場合、復興特需でEU域内の木材がロシアやウクライナに流れ、日本向けの輸出量が減少するという見方も出ている。

中村

今後の木材需給は読みづらい。復興特需も考えられる一方で、ポーランドの森林で病虫害が広がって被害木が大量に市場に出て需給が緩んだこともあった。EUでは、森林の成長量から勘案した利用可能な木材量の約8割を使っているとの試算もあり、それほど供給余力があるわけではない。

遠藤

EUDRによって木材流通などに対する規制が強化されると、益々需給はタイトになっていくのではないか。

中村

EUDRの導入によって、森林認証を取得した木材製品へのニーズは確実に強まっていく。そうした木材製品を安定的に供給できる国や地域の存在感が高まり、取引価格も上昇していくだろう。一方で、違法性リスクの高い木材製品は、規制が緩い国や地域に流れていき、二極化が進む恐れがある。最近も中国の合板工場でJAS法違反が摘発されたが*2、こうしたケースを放置せずに、再発防止を徹底していく必要がある。

垂直統合型の巨大企業とともに小規模林家も自立できる道を

遠藤

EUのような規制の強い市場に日本産の木材製品を売り込んでいくためには、林業・木材産業の国際競争力をもっと高めていかなければならない。どのように取り組んでいけばいいか。

中村

まず、日本の企業に求められるのはガバナンス(統治・監視体制)の一層の強化だ。木材製品はコモディティ(一般商品)の1つであり、EUを含めた世界の市場で同じ条件で取引される。つまり、国際競争は避けられない。グローバル企業のガバナンスを参考にして、日本の企業も態勢を整えていかないと、競争の土俵に上がれなくなる。

遠藤

日本国内の製材工場などは大規模化を進めているが、まだ欧米の大規模工場とは差があることも事実だ。規模の格差は競争力に直結するとみているか。

中村

例えば、オーストリアのマイヤーメルンホフ社は、森林経営から製材工場などの運営まで非常に大きなスケールで展開している。このような垂直統合型の企業が日本にも必要だろう。
その一方で、ドイツのように小規模林家が組合を組織してガバナンスを強化し効率的な経営を行っているケースもある。
単純に規模拡大を追求するのではなく、地域事情などを踏まえて、様々な企業が持ち味を発揮しながら共存できる道を探るべきだろう。それが本当の意味での国際競争力につながってくる。

デジタル技術の活用がカギ、脱炭素や多様性保全などに脚光

遠藤

中小規模の林家や企業などは資本力が乏しく、ガバナンスの強化など現代的な経営に転換するための投資を行うことが難しい。ドイツなどでは、このハンディをどうやって乗り越えているのか。

中村

デジタル技術の活用が突破口になる。すでに述べたように、EUDRに対応するためには、森林の情報や伐出の履歴などを整備しなければならないが、これはクラウドGISを利用することで効率化できるし、透明化も図れる。
また、日本の木材流通は多段階でコスト高になっていると言われるが、これもデジタル技術によってサプライチェーンを整備していけば解決できるだろう。

遠藤

中小規模の林家や企業でも、最新のサプライチェーンを整備すれば、大企業などと伍していけるということか。

中村

流通コストを削減するためのポイントは、情報の共有化だ。これをデジタル技術によって効率的に行えるようになれば、無駄な費用を圧縮できる。EUでは、ドイツをはじめ、オーストリア、スウェーデン、フィンランドなども、この観点から木材流通を合理化している。また、サプライチェーンの整備は、違法伐採対策を進める上でも効果がある。

遠藤

EUでは、合法性の確認などもデジタル技術で効率化しているのか。

中村

そうだ。経済性を追求するサプライチェーンマネジメントは、別の見方をすると、木材製品のトレーサビリティ(生産・加工・流通履歴)の確保につながる。しかも、経営規模の大小に関わらず、低コストで行うことができる。

遠藤

そうした取り組みを続けていけば、日本の林業・木材産業も世界の市場で通用する競争力を得られそうだ。

中村

日本の約1,000万haに及ぶ人工林は、世界的にも貴重な資源であり、大きなポテンシャルを持っている。これから大手金融機関などの投資対象になることも十分に考えられる。
森林が吸収・固定している炭素をクレジット化して取引する市場が各国で立ち上がっているほかに、森林の生物多様性を保全する機能も注目度が高まっている。新たな国際目標である「30by30」*3を達成するために、異業種の企業などが森林経営に参入してきており、新しい価値が生まれてきていると言えるだろう。

(トップ画像=森林認証材を取り扱うことが世界基準になっている、画像提供:中村有紀氏)

『林政ニュース』編集部

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