森林所有者は情報が不足、対等な取引環境ができていない
立木価格は市場原理で決まるもので、森林所有者サイドからは手出しができないと考えられているという現状分析は重要だ。この問題に切り込むとなると、従来とは全く異なるアプローチが必要になる。どのような対策を考えているのか。
製品価格が上がっても立木価格に反映されない要因として、森林所有者がある意味で孤立しており、情報不足の状態にあることが指摘できる。現在行われている立木売買では、売り手と買い手の間で対等な取引環境ができていない。
実際の立木売買では、いわゆるブローカーが介在して森林所有者と相対で取引するケースも多く、外からは実情が見えにくい。
一般の森林所有者は自分の森林に関する情報を十分に持っていないだけでなく、売り先を選ぶことができないことが多く、相手の言いなりの取引になってしまいがちだ。そこで、透明性、公平性が確保された森林所有者が安心して販売を任せられる新たな選択肢づくりが必要となっている。
つまり、立木取引を「見える化」するわけか。木材流通全般を「見える化」する試みとしては、サプライチェーンマネジメント(SCM)を構築する動きが各地で出てきているが。
SCMの構築によって流通コストの削減など合理化が期待できるが、コストを削減した分を山側に戻していくという、従来からの施策の方向性から抜け切れていない。森林の持続可能性の確保という森林側からの視点で流れを組み立てることができれば、森林所有者へのアプローチが大きく変わっていくだろう。
立木取引の新たな選択肢として民有林の「立木市場」形成へ
立木取引を「見える化」する新たな仕組みについて教えて欲しい。具体的にどのようなことを考えているのか。
7団体で合意しているものではないが、森林所有者に対しオープンな立木取引の場を提供する「立木市場」の構築を検討している。まだ構想を詰めている段階であるが、宮崎県と鹿児島県で試行事業を計画している。前例のないものであるので、動かしながら課題を明確にしていくことにしている。
これまで民有林では立木公売はほとんど例がない。実現すれば、本邦初の取り組みになる。
組み立てとしては、立木評価適正化機構(仮称)が立木販売を希望する森林所有者を募り、林分調査を行った後、森林所有者に納得してもらった上で予定価格を設定し、入札を行い、買受者が決まったら再造林の経費等を除き、森林所有者に立木代金を支払うという流れとなる(トップ画像参照)。そして、入札の結果などはすべて公表し、誰でもがアクセスできるようにすることを考えている。
立木の伐採・搬出や再造林は誰が行うのか。
持続性の確保が最大の課題であることから、事業の実施に当たっては、機構が審査・登録した一定レベル以上の施業が期待できる優良事業体に発注する。こうした仕組みとすることで、山を荒らすことない伐採・搬出、確実な再造林・更新が確保され、森林所有者・買受者双方に信頼される取引が保証できると考えている。また、再造林後の生育状況などをインターネット上で公開していくことなども議論している。
最も気になるのは、競争入札でどのような値段がつくかだ。予定価格はどう設定するのか。
この仕組みを通して販売する立木の販売価格には、森林所有者の意向、造林に要するコストを反映する。つまり、森林所有者への利益還元と再造林経費を確保できる価格水準が大前提になる。
確実な森林の更新を保証し、持続可能性の担保された木材であることを需要者にアピールすることで、製品の差別化を図り、環境意識の高い企業・消費者の協力を得ていきたい。

立木でストックすることは安定供給や需要創出につながる
新しい立木取引の仕組みを実現するための課題は何か。
いわば密室で行われてきた価格交渉をオープンな場で行う全く新しい仕組みの導入なので、できるだけ多くの森林所有者にそのメリットを正しく伝え、信頼を勝ち取り、安心して参画してもらえる環境を整えることが最初の課題になる。
また、森林・林業関係の皆さんには、持続性の担保できない木材取引は通用しなくなるという状況を理解してもらい、この動きを支援していただくための働きかけを行うことも重要な課題となる。
この新しい仕組みは、国産材の安定供給にもつながるのか。
立木販売の利点の1つは、伐採前に販売価格の交渉が行われることにある。現在の取引では時間がたつと伐採された丸太が傷む恐れがあるので売り払いを急がなければならない。これに対して、立木販売の場合は、価格交渉が成立しなかったらそのまま次の入札へ備えることができる。これは森林所有者にとって、交渉上の大きなメリットとなる。
買受者にとっても、国有林のように一定の搬出期間を設ければ、立木の状態で資材をストックすることができ、需要の変動に対応しやすくなる。例えば、非住宅の大型木造建築物などを建設する場合、持続可能性の担保された木材を限られた期間に大量に納めることが求められる。こうした注文に機敏に応えられないことが国産材の欠点とされてきたが、立木でストックすることで供給ロットの拡大に弾力的に取り組める可能性も出てくる。
持続性を確保するためのコスト負担に対する理解を求める
最後に立木の価格問題について、整理しておきたい。持続可能性を担保するためのコストについてどう考えるか。
今の立木価格では、持続的な森林の取り扱いは確保できないという事実に多くの人々が気づき始めている。同時に、よりよい環境・社会を維持していくためのコストに対する世の中の受け止め方も変わってきている。国産材の供給を増やし、かつ持続性を担保していくという社会的要請に応えるために必要な森林の取り扱いにはコストがかかることを主張していくタイミングが来ている。
他分野でもそのような動きがあるのか。
2014年に改正された「公共工事の品質確保の促進に関する法律」では、価格競争のみでなく工事の質の確保を図るため、受注者に適正な利潤を確保させるという視点が導入されている。分野は異なるが林業においても、森林の果たす機能という観点から、持続性の確保のためのコスト・適正利潤を主張することが必要だ。
SDGsなどを前面に掲げる産業界も、相応の環境コストに理解を示すようになってきている。
持続可能性の担保されていない木材は市場から排除され、早晩利用されなくなっていくだろう。「宣言」では、国際的な動きも踏まえて、持続性の担保されていない木材は使わないという社会を早急に実現するための国民運動に取り組むとしている。
こうした取り組みは、森林所有者が経営意欲の持てる山元立木価格の実現に向けて強い追い風になると考えている。中央7団体の「宣言」は、日本の森林・林業・木材産業の枠を超えた時代の大きな変化を背景にしていることを強調しておきたい。
(2022年8月20日取材)
遠藤日雄(えんどう・くさお)
NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長 1949(昭和24)年7月4日、北海道函館市生まれ。 九州大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士(九州大学)。専門は森林政策学。 農林水産省森林総合研究所東北支所・経営研究室長、同森林総合研究所(筑波研究学園都市)経営組織研究室長、(独)森林総合研究所・林業経営/政策研究領域チーム長、鹿児島大学教授を経て現在に至る。 2006年3月から隔週刊『林政ニュース』(日本林業調査会(J-FIC)発行)で「遠藤日雄のルポ&対論」を一度も休まず連載中。 『「第3次ウッドショック」は何をもたらしたのか』(全国林業改良普及協会発行)、『木づかい新時代』(日本林業調査会(J-FIC)発行)など著書多数。