(前編)“天竜材”で家具業界に新風をもたらすキシル【遠藤日雄のルポ&対論】

(前編)“天竜材”で家具業界に新風をもたらすキシル【遠藤日雄のルポ&対論】

日本の林業・木材産業の“元気度”は、もっぱら住宅市場との関わりで語られてきた。とりわけ木造住宅などに使用される国産材の売れ行きは、業界の実力を示すバロメーターとみられてきた。だが、人口減で住宅市場がシュリンク(縮小)している今は、新たな売り先を見出すことが喫緊の課題となっている。その有力候補の1つに位置づけられているのが家具だ。机や椅子、収納棚などの家具は、住宅用材と比べると単品としての使用量こそ少ないものの、一般消費者に身近な製品として親しまれており、とくにデザイン性や品質・性能の優れた有名家具ブランドは羨望の的にもなっている。国産材の付加価値を高めていくためには、何としても家具の市場を開拓していかなければならない。こう見定めた遠藤日雄・NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長は、静岡県浜松市に本社を置く(株)キシル(XYL)の渥美慎太郎・代表取締役社長に「対論」を呼びかけた。同社は、国産針葉樹の代表格であるヒノキとスギのムク(無垢)材だけを使って、身体と環境にやさしい「オーガニックな家具」を一般消費者にダイレクトに届けるビジネスを軌道に乗せている。

2002年に天竜産のヒノキを使った学習机で事業をスタート

遠藤理事長

国内の家具業界をみると、IKEA(イケア)やニトリなどの大型量販店が一段と存在感を高めており、低価格の輸入製品が市場を席捲しているのが実態だ。「国産家具」の認定・表示制度なども動き出しているが、国産材にこだわっている中小の家具メーカーにとっては、厳しい経営環境が続いているといえる。その中で、キシルは独自のビジネスモデルを確立し、一般消費者から高い支持を得ていると聞いている。なぜ、競争の激しい家具業界で成長できているのか、経営の核心を教えて欲しい。
はじめに、キシルの成り立ちから聞きたい。

渥美社長

弊社は2002年に、静岡県浜松市で創業した。当時は、木材製品の加工時に使われるホルムアルデヒドなどの化学物質が身体に与える影響が問題視されていた。そこで、国産のムク材を活用してこの問題を解決できないかと考え、まず安全性の高い学習机を開発し、販売を始めた。

キシルの代名詞であるムク材の学習机
遠藤

学習机の材料には、どこの木材を使ったのか。

渥美

地元・浜松市の天竜区、いわゆる天竜林業地から産出される木材を用いた。

遠藤

そうか、浜松市は2005年の「平成の大合併」で、旧天竜市など12市町と一緒になり、潤沢な森林資源を擁する自治体になった。そうした“地の利”もキシルの事業展開を後押ししたわけか。

渥美

創業当初は、全国各地の林業地を回って木材を買い付けることも試みたが、灯台下暗しだった。静岡県は日本を代表する家具産地の1つであり、最終的に地元から仕入れることで落ち着いた。
木目の詰まった美しく温かな木肌を持つ天竜材の、とくにヒノキを使っていることが弊社の最大の特長になっている。

浜松市内に2つの加工拠点、東京・大阪などに6店舗を展開

遠藤

キシルの“売り”である天竜材は、どうやって調達し、加工しているのか。

渥美

天竜林業地で丸太(原木)を買い付け、それを十分に乾燥させてから自社の工場で板に製材し、さらに天然乾燥を施した後、各種の家具製品を製造している。

遠藤

自社で製材もやっているのか。

渥美

浜松市内に製材工場と加工工場の2つの拠点がある。ここで製造した製品は、直営店舗で展示・販売しているほか、オンラインで注文に応じている。直営店舗は、大阪店(大阪府大阪市)、横浜店(神奈川県横浜市)、吉祥寺店(東京都武蔵野市)、深川店(東京都江東区)、名古屋店(愛知県名古屋市)、浜松店の6つがある。

遠藤

実は、今回の「対論」の参考にするため、吉祥寺店に行ってきた。吉祥寺駅から歩いて7~8分の五日市街道沿いにあり、駅前の喧騒からは少し離れた立地に、ムク材の家具が取り揃えられていた。なんともナチュラルでホッとする空間が広がっていた。

渥美

五日市街道は、かつて多摩地域から木材を運ぶために利用され、その面影が今も残っている。また、弊社の第1号店である深川店は、木材の集積地として栄えた「木場」にあり、両店舗ともに都会で“山とのつながり”を意識できるような運営を心がけている。

茶色く着色した家具が主流の中、あえて嗜好性の高い製品に挑む

遠藤

吉祥寺店の脇川飛鳥店長によると、同店は今年(2024年)8月で開店してから8年目になり、コロナ禍のときも、“巣ごもり需要”などに対応して売り上げは落ちなかったという。ムク材の家具を求める消費者はリピーターを含めて根強く存在しているとも話していた。今の売れ筋はヒノキのダイニングテーブルなどで、自然なオイル仕上げをしていることも身体に良いと受け止められているとのことだった。

人気のあるダイニングテーブルと脇川飛鳥・吉祥寺店長
渥美

家具業界全般の傾向としては、依然として茶色く着色した家具の人気の方が高い。ヒノキのムク材を使った白っぽい家具というのは、すごく嗜好性の高い製品になる。こういう嗜好性の高い製品を消費者に届けるためには、インターネットやSNSなどを使った情報発信を続けていくことが欠かせない。実店舗で製品を見て、手にして感触を確かめてからオンラインで購入するという消費者も少なくない。

遠藤

木材を着色すれば、傷やひび割れなどの欠点がわからなくなる。これに対し、ムク材を自然塗装しただけでは、欠点が露わになってしまうのではないか。

渥美

それだけに、使用する木材は厳しい目で選ぶようにしている。また、乾燥や加工、販売までを一気通貫で行うことで、品質や性能を担保するようにしている。
弊社が創業した頃は、焦げ茶色の家具でないと相手にされないような時代だった。弊社の製品を小売業者などに卸そうと営業に回ってもうまくいかず、直営店をつくって販売することにした。
最近は、北欧から輸入されたパインなどを使った白系の家具が「お洒落」と人気を集めるようになっており、創業当初よりはかなりやりやすくなってきた。

時代と消費者の多様化するニーズに合わせてアイテム増やす

遠藤

キシルは学習机の製造・販売でスタートを切ったということだが、吉祥寺店には、椅子やテーブルのほか、ベッドや棚、ソファ、小物などまで、実に様々な製品が並んでいた。計画的にアイテムを増やしてきているのか。

渥美

計画的というよりは、時代と消費者のニーズに合わせてきた結果だ。
例えば、学習机にしても、小学校入学時ではなく学習塾に行き始める3年生のときに買うとか、5、6年生になって自分の部屋を持つときに買うとか、購入時期が多様化してきている。あるいは、ずっとリビングルームで勉強するという人もいて、学習机だけを提供しているのでは現代のライフスタイルに対応できなくなった。
木材をムダなく使うためにも、小物まで含めて、できるだけバラエティに富んだ製品を用意するようにしている。

遠藤

使用している木材はヒノキがメインで、スギは使わないのか。

渥美

スギも使っているが、9割以上はヒノキだ。

遠藤

家具に用いる場合、ヒノキとスギでは取り扱い方が違うのか。

渥美

全く違う。それぞれの特性をよく踏まえて、良さを引き出すようにしないと、大変なことになる。(後編につづく)

(2023年12月4日、2024年2月1日取材)

(トップ画像=アーチ型のデザインが印象的な吉祥寺店の店内、画像提供:キシル)

『林政ニュース』編集部

1994年の創刊から早30年! 皆様の手となり足となり、最新の耳寄り情報をお届けしていきます。

この記事は有料記事(2926文字)です。
有料会員になると続きをお読みいただけます。
詳しくは下記会員プランについてをご参照ください。