(後編)“天竜材”で家具業界に新風をもたらすキシル【遠藤日雄のルポ&対論】

(後編)“天竜材”で家具業界に新風をもたらすキシル【遠藤日雄のルポ&対論】

前編からつづく)静岡県の天竜林業地から産出されるヒノキとスギのムク(無垢)材を使って「オーガニックな家具」を供給し続けている(株)キシル(XYL、静岡県浜松市、渥美慎太郎・代表取締役社長)は、今年で創業22年目を迎える。同社は、地元・浜松にある2か所の加工拠点と、東京・大阪・名古屋に展開している6店舗をベースにして、オリジナリティに溢れたハイセンスな家具を一気通貫で消費者に届ける仕組みを築き上げてきた。一方で、国内の家具市場は人口減などの影響で伸び悩みが顕著になってきており、新たな成長分野を切り拓いていくことが不可欠だ。この状況をどうやって乗り越えていけばいいのか。遠藤日雄・NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長が渥美社長の思い描くビジョンに迫る。

「日本で一番にほんの木を使う会社」を目指して新市場開拓

遠藤理事長

キシルのウェブサイトには、「私たちは、日本の木で人を幸せにします。」というミッションが掲げられている。ヒノキとスギのムク材にこだわって国産家具のラインナップを充実させてきた経緯を踏まえると、このミッションはほぼ実現できているといえるのではないか。

渥美社長

おかげさまで経営面も軌道に乗ってきたが、弊社は、「日本で一番にほんの木を使う会社を目指します。」というステイトメントも表明している。この目標達成に向けて、国産ムク材の家具を使っていただける市場をもっと広げていきたい。すでに述べたように、弊社がつくっている白っぽい家具は、非常に嗜好性の高い製品になる。これをどうやって一般の方々に無理なく使っていただけるようにするか。ある意味では、新しい「文化」をつくっていかないと、大きな動きにはなりづらいだろう。

遠藤

国産ムク材を使った家具へのニーズを自らつくり出していくということか。だが、国内市場は縮小傾向なので、新たな需要を掘り起こすことは簡単ではない。

渥美

弊社が創業した頃から国内市場は頭打ちになると予測されていたので、いずれは海外市場に打って出ることを想定してきた。いよいよ輸出にチャレンジするときを迎えたと考えている。

浜松市内のオフィスからオンラインで「対論」に応じる渥美慎太郎・キシル社長

ヨーロッパ輸出には“地の利”がない、最も有望なのは台湾

遠藤

海外に国産家具を輸出するとなると、厳しい国際競争にさらされることになる。勝算はあるのか。

渥美

海外市場でも、国産のムク材にこだわっていることは、大きなセールスポイントになるだろう。これまで弊社が培ってきた生産や販売に関わる独自のノウハウを活かして、国境を超えていきたい。

遠藤

一口に海外市場といっても、多種多様な国や地域があり、ターゲットを絞り込む必要がある。例えば、消費者の環境意識が高いとされるヨーロッパへの輸出はどうか。

渥美

ヨーロッパは魅力的な市場だが、競争条件が厳しい。向こうは、多くの国や地域が陸続きでつながっていて、森林資源の潤沢なノルウェーやフィンランドなどで伐出された丸太(原木)が貨物列車で人件費の安い国や地域に運ばれ、低コストで完成度の高い家具に加工されて、大消費地のフランスやイタリア、イギリスなどで販売されている。そこに日本から海を渡って家具を持ち込んでも、なかなかコスト差は埋められないだろう。

遠藤

つまり“地の利”がないということか。では、東南アジアはどうか。

渥美

東南アジアは成長力が高く有望な市場だ。とくに、ヒノキのムク材を好む台湾は、最も重視している。

遠藤

台湾市場には、どのようなアプローチをしているのか。

渥美

コロナ禍で中断を余儀なくされてしまったが、現地のショールームに弊社の製品を展示し、関係者向けのセミナーなどで説明をしてきている。反応はすごくいい。
戦後に国内で再建された歴史的建築物をみると、台湾ヒノキを使っているケースがかなりある。今、台湾では森林資源を保護するためにヒノキの伐採と輸出が禁止されており、思うように使えない現実がある。そこで、戦後復興の恩返しの意味も込めて、日本からヒノキのムク材でつくった家具を届けるというプロジェクトを構想している。単なる輸出事業ではなくて、ストーリー性のある取り組みにすることで、アピール力が高まると考えている。

スギの家具にも大きな可能性、含水率のコントロールが課題

遠藤

スギのムク材を使った家具を輸出する計画はないのか。

渥美

可能性は大いにある。今はヒノキの家具をメインにしているが、今後はスギの家具にも力を入れていきたい。

遠藤

スギで家具をつくる場合に、課題となるのは耐久性の確保や含水率の調整になるのか。

渥美

そうだ。木を細胞レベルでイメージすると、1部屋1部屋に空気が入っているのがスギ、油も入っているのがヒノキということになる。油の多いヒノキには水を弾く特性があり、家具に用いても十分な耐久性を発揮する。
一方で、スギは、調湿効果が高くて、湿気に応じて香りがふわっと立ち上がってくる。他の樹種にはない、独特な特性で素晴らしい。ただ、細胞内に空気を多く含んでいるので、強度はヒノキや広葉樹材よりも劣る。スギを使った家具を長年使っていると、金具ネジなどが緩んできてしまうケースがある。

遠藤

スギは水分も多く含んでおり、建築用材として使う場合でも、含水率をうまく調整することが課題になっている。

渥美

スギの含水率をどこまでコントロールできるかが、家具に加工した後の割れの防止などに直結してくる。スギを家具の材料として利用する場合は、より緻密な乾燥技術が必要になる。家具の世界では、㎜単位の狂いが出ても許されない。

遠藤

建築用のスギと家具用のスギは全く別物だという認識が必要ということか。

渥美

スギは流通量が多く、弊社も当初は入手しやすい材料として取り扱ったが、いざ使ってみると家具用材としての品質や強度が担保できず、10tトラック2台分ぐらいの製品をダメにした苦い経験がある。人工乾燥されたスギの板を購入したこともあるが、内部割れがあって、やはり廃棄せざるを得なかった。
長年の失敗の積み重ねとして、乾燥も加工も自ら手がけるしかないという結論に行き着き、現在の一貫生産体制になった。スギを家具用材として活用することは重要なテーマであり、研究開発を続けている。スギの家具は、海外市場を開拓する際にも大きなアピール力を持つと考えている。

約60名の従業員が最終製品のイメージを共有、増産目指す

遠藤

キシルのこれからの事業戦略がわかってきた。ところで、従業員は何人くらいなのか。

渥美

アルバイトの方も含めて約60名だ。工場など製造関係で約20名、各店舗で約20名、デザイン部門と管理部門でそれぞれ約10名が働いている。

遠藤

約60名で一気通貫の生産・販売体制を維持できている秘訣を教えて欲しい。

渥美

最終製品のイメージを全員で共有できていることが大きい。乾燥に1年くらいの期間を要するので、例えば来年の3月はベッドを主力に売っていくと決めたら、今から材料を準備していくことになる。製材の担当者も店舗の販売員も、最終製品を思い描きながら作業をしていくことで、品質やサービスの水準が大きく向上した。この強みを活かしながら、生産体制や店舗網をさらに拡充して、増産を図っていきたい。

ヒノキでつくられた「呼吸するベッド」(画像提供:キシル)

(2023年12月4日取材)

(トップ画像=人気のあるダイニングテーブルとチェアのセット(キシル吉祥寺店))

『林政ニュース』編集部

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