「市民力」を活かして「50年ビジョン」に挑む伊那市【進化する自治体】

「市民力」を活かして「50年ビジョン」に挑む伊那市【進化する自治体】

長野県の伊那市が取り組んでいる「市民力」を活用した森林づくりが進展してきている。2016年2月に「伊那市50年の森林(もり)ビジョン」を策定し、絶えざる見直しとバージョンアップを行うことで、他の自治体にはない実行体制と推進力がついてきている。

「伊那谷フォレストカレッジ」に定員を大きく上回る申し込み

コロナ対応でオンラインイベントが増加する中、伊那市が昨年(2020年)11月から今年2月まで開講した「伊那谷フォレストカレッジ(INA VALLEY FOREST COLLEGE)」が一際高い存在感を示した。定員40名で募集したところ、応募者が相次いで200名近くが申し込んだため、受講定員を50名に増員するとともに、応募者全員が講座のアーカイブ(録画)を視聴できるようにした。

「伊那谷フォレストカレッジ」のフェイスブックページ

フォレストカレッジでは、「森に関わる100の仕事をつくる」をテーマに全8回にわたって、「ものづくり」や「教育」、「まちづくり」、「建築」、「素材(製材)」、「生業づくり(林業)」などを幅広く学べる講座を用意。受講生同士の交流が“密”になるよう、グループディスカッションや企画会議などを頻繁に行い、フェイスブック上でも意見交換できるようにした。横のつながり強化とコミュニティづくりにつとめた結果、受講生の中からは新規事業の立ち上げを目指す動きも出てきているという。

「金は出すが口は出さない」スタンスを貫き、意欲引き出す

伊那市は、フォレストカレッジ開講にあたり、独自財源と総務省の地方創生交付金により必要経費を確保したが、企画・運営は産学官の関係者でつくる「50年の森林(もり)ビジョン伊那谷フォレストカレッジ協議会」に委ねた。つまり、「金は出すが口は出さない」スタンスを貫いた。

カリキュラムなどは、同協議会事務局の奥田悠史氏((株)やまとわ取締役)らが中心となって練り上げていき、「まず身近なテーマから入り、受講生が『森林で何かしたい』と思えるようにした」(奥田氏)。いきなり林業の話を押しつけるのではなく、受講者自らが考える場をつくったことで、自発的な意欲が高まる効果が出た。手応えを掴んだ奥田氏は、「来年度もオンライン主体で開催しながら、リアルも組み合わせて実施していきたい」と話している。

6分野・118項目に及ぶスケジュール付き実行計画を策定

伊那市がフォレストカレッジを立ち上げたベースには、市民参加で森林整備などに取り組んできた蓄積がある。

同市は、2016年2月に「伊那市50年の森林ビジョン」を策定し、同年9月には「ソーシャル・フォレストリー都市」を宣言して、市民が主役となって自立的な経済循環を構築する方向性を打ち出した。

伊那市ソーシャル・フォレストリー都市宣言
「伊那市50年の森林ビジョン」実行計画の一部

同ビジョンの検討にあたり、市民と有識者で構成する「50年の森林ビジョン推進委員会」(座長=植木達人・信州大学教授)を設置し、6つの分科会を設けて、6分野・118項目に及ぶ実行計画を作成した。実行計画が設定した目標は、自然・森林資源の保全・整備や林業・木材産業の振興、住民参加の推進など非常に幅広い。そこで、1年ごとの進捗状況がわかるように進行表に整理した。その狙いについて、同市農林部50年の森林推進室の伊藤満氏は、「森林・林業分野のビジョンは壮大になりがちなので、『今日何するか?』がわかりにくくなる。スケジュールを明確に示すことで、PDCAサイクルが回せるようになった」と語っている。

ビジョンをアップデート、ステークホルダーと“熱量”上げる

伊那市は、今年(2021年)3月、2016年につくったビジョンをアップデートして新しい「伊那市50年の森林ビジョン」を策定した。

5年間の成果を検証し、118項目あった目標を75項目にまで絞り込んだ上で、新たな目標項目に、家庭用木質バイオマス機器の普及や森林サービス産業などを加えた。

木質バイオマス事業については、薪ストーブ等の設置に最大10万円、ペレットストーブでも最大15万円を補助する制度を活用して導入を支援。また、森林サービス産業関連では、マウンテンバイクによる関係人口の拡大に力を入れており、伊那市ICから車で7分の距離で市西部に位置する「中央アルプスマウンテンバイクトレイル」(全長5km)を先行整備。さらに、市東部の長谷地域で上級者向けのトレイル開発を検討している。

このほか、市内保育園と連携した森林教育活動の展開や、経木の購入助成(最大2万円)、伊那市産材を使った住宅建築補助(最大60万円)など、ユニークな施策が相次いで講じられている。

同市では、フォレストカレッジ協議会のほかに、2018年4月に発足した伊那市ミドリナ委員会(柘植伊佐夫委員長)なども活発に活動しており、市民と市外の人々によるネットワークが広がり、多様なステークホルダーが育ってきている。

役所の体制も「50年の森林推進室」が新設され、林学を専攻した大卒者も加わった。前出の伊藤氏は、「(ビジョンの)はじめの5年間は市民への普及に努め、成果が表れている。残り45年の計画を実行していくために、行政とステークホルダーとが持ちつ持たれつで“熱量”を上げていけるようにしたい」と意欲をみせている。

(2021年3月10日取材)

(トップ画像=伊那市内の景観)

『林政ニュース』編集部

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