産学連携で森林を守る─BSC工法の可能性─【明日へのダイアローグ】

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豪雨、地震、山火事…日本の森林を想定外の災害が襲う時代になった。被災した森林を早期に復旧・再生するためには、新たな技術と実行体制が求められる。その先鞭をつけるべくBSC工法を基軸に据えて産学連携を進めている東京農業大学の江口文陽学長(兼理事長)と(株)日健総本社の森伸夫社長に、今後の展望を語り合ってもらった。(文責:編集部)

熱帯化する日本、極端な気候が続く中で大規模な山火事も頻発

──森林災害が多発している。現状をどうみているか。

江口 日本の気候は、大きく変わってきている。基本的に気温が上昇する中で、雨が降るときはものすごく降る一方、降らないときは全く降らないという極端な状況に全国が置かれている。日本の国土の大部分は温帯に属しているが、熱帯になりつつあると言ってもいい。

江口文陽・東京農業大学学長(兼理事長)

──今年(2025年)に入って大規模な山火事が各地で発生し、新たな問題となっている。どう対応すればいいか。

江口 大規模な山火事は北米などでも頻発しており、世界共通の問題だ。日本で効果的な対策を打ち出すことができれば、国際的にも貢献できる。当大学と日健総本社及び日本工営(株)の産学連携で社会実装に取り組んでいるBSC工法はその1つになると考えている。

焼損跡地で土壌藻類の繁茂を確認、自然の回復力を手助けする

──土壌藻類を緑化用資材として活用し森林の再生を図るBSC工法は、これまでにない技術として注目されている。山火事対策にも有効なのか。

 3月に大規模な山火事が起きた愛媛県の今治市から依頼を受けて、跡地の土壌を採取し分析を進めている。山火事が鎮圧してから一定のペースでサンプルを採り、BSC工法のベースとなる土壌藻類や糸状菌類の有無をマイクロスコープなどを使って調べている。

これまでの分析結果で、土壌藻類などの繁茂が確認できており、東京農大や日本工営の研究者の方々にもデータを提供して客観的な意見をいただいているところだ。BSC工法を使って山火事跡地の森林を再生できるという手応えを得ている。

森伸夫・日健総本社社長

──山火事で焼損した土壌は保水力や栄養分が低下して植物の生育は難しいと言われているが、そうではないのか。

 私共の調査では、土壌サンプルを顕微鏡で見た段階でも土壌藻類の存在を確認できた。しかも、時間の経過とともに土壌藻類が増えてきている。それくらい自然の生命力は強い。これを山火事跡地の森林再生に活かしていきたい。

今治市で採取した土壌サンプル、土壌藻類の存在が確認できる

江口 今治市の山火事跡地で土壌藻類の繁茂が科学的根拠を持って確認できたことの意義は大きい。この成果は、焼損面積が3,000haを超えた岩手県大船渡市における山火事跡地の復旧などにも応用できる。また、海外における山火事対策にも取り入れていくことができるだろう。

日本のように急峻な地形に生育している森林が山火事で焼失してしまうと、土壌流亡が進みやすく、川や海を汚染してしまう。これをいち早く阻止して、海の豊かさや川の豊かさを守っていかなければならない。そのためには山火事跡地に残っている土壌藻類の繁茂を人工的に手助けして、自然の回復力を高めていく必要があり、BSC工法は非常に有効な手法と言える。

新技術や既存工法との融合、人材交流の促進で社会実装を加速

──BSC工法を社会実装するスピードをもっと高めるためにはどうすればいいか。

 新しい技術やこれまでの緑化工法などとの融合をもっと進めていきたい。例えば、BSC資材の散布にドローンを利用すると、山奥や狭小地など重機が入れない箇所でも効率的に作業できる。

また、種子吹付工とBSC資材を併用することで、種子が流されやすい切土斜面の緑化が進む事例などが増えてきている。BSC工法は、従来からの工法との“つなぎ役”になれるという特長がある。

江口 ドローンに関わる技術開発は日進月歩で進んでいて、かなりの重量物も運べるようになり、オペレーターの操縦技術も向上している。このような成果をBSC工法と組み合わせれば応用範囲が大きく広がっていくだろう。

BSC工法は、活用の仕方を理解してもらえば、従来からの種子吹付工などと技術的手法が大きく変わるものではない。マテリアル、つまり素材が変わるだけであり、導入のハードルは決して高くない。

 いずれにしても、私共のような民間企業が単独で取り組んでいるだけでは、どうしても限界がある。東京農大のような学術機関との連携をもっと進めて、BSC工法に新しい技術や知見をどんどん取り入れていかなければならない。人材交流なども、もっと活発化する必要がある。

江口 当大学は134年前に榎本武揚が創設し、100年前に横井時敬が初代学長となり、一貫して「実学主義」を掲げて今日に至っている。すなわち、大学は理論を極めるだけではなくて、社会に実装しなければいけないということで、BSC工法の普及は建学の精神に合致するものだ。BSC工法が真の意味で世の中のためになるには何をすべきかを考え、産学連携をさらに深めていきたい。

(2025年7月14日取材)

(トップ画像=江口・森両氏の対談は東京農業大学で行った)

『林政ニュース』編集部

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