(中編)「森林信託」で山を動かす伊万里木材市場【遠藤日雄のルポ&対論】

(中編)「森林信託」で山を動かす伊万里木材市場【遠藤日雄のルポ&対論】

前編からつづく)(株)伊万里木材市場(佐賀県伊万里市、林雅文・代表取締役)が始めた「森林信託」は、森林所有者が直面している悩みを解決する新手法として注目度が高まっている。林雅文社長と遠藤日雄・NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長の「対論」は、この「森林信託」が現場でどのように運用されているのかという核心部分に近づいていく。

所有者の“持ち出し”はゼロ、木材販売収入と補助金で賄う

遠藤理事長

伊万里木材市場が「森林信託」に着手した背景と大まかなスキームはわかった。そこで、森林所有者にとってのメリットを中心に、「森林信託」の具体的な進め方について教えて欲しい。

林社長

「森林信託」の手順は、次のようになる。まず、所有者と45年間の「長期山づくり経営委託契約」を締結する。次いで、「家族信託」(前編参照)の手法を用いて長期契約を担保する。
森林施業の内容については、森林所有者と詳細な打ち合わせを行い、弊社へ事業を発注していただく。事業実施の原資には、木材販売収入と補助金を充てることにしている。

遠藤

森林施業を行う際の所有者の費用負担、要するに“持ち出し”はないのか。

そうだ。現在弊社が検討している「森林信託」の代表的なモデルでは、45年間の契約期間を、木材の伐採・販売ができる「生産伐採期間」と、林木を育てる「成長育林期間」に分けることにしている。「生産伐採期間」については、木材販売収入を定額還付(基礎支払い)と収益額還付(精算支払い)の2つのタイプで所有者に還元する予定だ。また、「成長育林期間」に関しても、所有者に負担金を発生させない仕組みをつくることにしている。

遠藤

「森林信託」の対象地域や対象となる樹種は、どうやって決めているのか。

当面は、弊社の大分営業所の周辺森林を対象とし、段階的に九州全域に広げていきたい。「森林信託」の成果を検証しながら、九州以外に拡大していくことも考えている。樹種は、スギ、ヒノキを対象としているが、他の樹種についても個別の相談に応じるつもりだ。

森林経営計画の受託面積が広がり、集積・集約化の基盤に

遠藤

「森林信託」は、森林の管理・経営を集積・集約化する手法の1つとみていいか。

弊社は、森林経営計画の受託事業を行っている。周知のように、森林経営計画の計画期間は5年だ。したがって、「森林信託」を45年契約で行うためには、5年ごとに森林経営計画を更新して、長期的な管理・経営ができる体制をつくる必要がある。
弊社は、九州全域の森林を対象にして、保育間伐や搬出間伐など多様な森林施業を組み合わせて、所有者のビジョンにあった森林経営計画を提案・作成し、実行もしてきている。現在は4名の森林施業プランナーが、この業務に従事している。
昨年(2016年)時点で、森林経営計画の受託面積(共同申請を含む)は、大分、福岡、佐賀県を中心に約410haに達している。
こうした集積・集約化で「面」を広げていくことは、「森林信託」を進める上で欠かせない基盤になると考えている。

遠藤

最近、製材、合板などの木材企業が社有林を拡大しており、これも集積・集約化の1つとして注目されている。ただし、社有林の場合は、企業が森林の持ち主になり、まわりからは手が出せなくなる。これに対して、「森林信託」の場合は、所有者の意志を尊重しながら集積・集約化を図ろうとする点が特徴的だ。

間伐・皆伐の木材はすべて買い取り、収益を所有者に還元

遠藤

もう少し踏み込んで聞きたい。45年間の「森林信託」契約を結んだ後、現場ではどのようなスケジュールで、どのような作業が行われるのか。

45年間の契約期間のうち、「生産伐採期間」は25年間くらいになると考えている。この間に、間伐を2回くらい行うことになるだろう。

遠藤

間伐材はどこへ販売するのか。

すべて弊社が買い取る。その際、弊社からの代金支払い形態は、基礎支払いという年金型と、精算払いという一括型の2種類で行っていきたい。

遠藤

年間の原木取扱量が50万m3超という伊万里木材市場だからこそ間伐材を安定的に買える。それが「森林信託」への信用力にもつながるのだろう。
さて、間伐が終わると皆伐を行うことになるが、その際の収益配分はどうなるのか。

間伐のときと同じだ。弊社としては、60年生で皆伐をし、以後、植栽→下刈りを5年間実施することを計画している。その後は、「成長育林期間」に入ることになる。この期間は、20年間くらいになると見込んでいる。

「成長育林期間」の出費に備えて、「積立金制度」を創設

遠藤

約20年間の「成長育林期間」の間は、木材販売収入が得られない。しかし、枝打ち、除伐などの作業は必要で、当然経費もかかる。先ほど、所有者に負担金を発生させない仕組みを考えていると言っていたが、どのような対策を講じるのか。

費用負担をかけないために、「積立金制度」を設けることを検討している。

遠藤

具体的にどのような制度になるのか。

「生産伐採期間」に行う間伐と皆伐で生じた収益の一部を積み立て、それを「成長育林期間」の出費に充てる仕組みだ。これで所有者の“持ち出し”はゼロになる。

遠藤

つまり、伊万里木材市場が木材販売収益の一部を預かるというわけか。不躾な質問で恐縮だが、万一、伊万里木材市場が倒産した場合、この預かり金はどうなるのか。

所有者にそのような不安を生じさせないように、弊社とは別の銀行口座を設け、そこに預り金を積み立て、定期的に監査報告を行うことを考えている。

遠藤

それなら安心だ。ところで、これまでの説明を聞いていて1つ気になる点がある。伊万里木材市場の再造林支援事業を利用してから「森林信託」に移行する場合、最初の間伐を行うまでの枝打ち、除伐などの費用は所有者が負担することになるのか。

そうだ。この点は、誤解が生じないようにしておきたい。「森林信託」を運用する原資は、あくまでも木材販売収入と補助金だ。つまり、木材を伐り出して収入が得られることが不可欠の条件になる。したがって、できるだけ間伐可能な25年生の森林から受託していきたいと考えている。

説明会の参加者が高い関心、10年後2万haの契約目指す

遠藤

「森林信託」のイメージがかなり明確になってきた。すでに所有者への“営業”などが始まっているようだが。

大分事業所がある大分県内から、「森林信託」のPRに着手している。大分県は弊社の再造林支援事業を利用している所有者が多く、森林の長期的な管理・経営に対する関心が強いからだ。
これまで数回の「森林信託」説明会を開催し、まず信託とはどのようなものか、そして、森林の管理・経営に信託という仕組みをとり入れるとどのようなメリットがあるのかについて丁寧に説明するようにしている。

遠藤

参加者の反応はどうか。

1回当たり15名ほどの参加がある。説明会後は、参加者の半数くらいから高い興味を示していただいている。家族とよく相談して前向きに考えたいというパターンが多い。現在はすでに契約済みの所有者の森林を核に、契約を予定している数名の所有者と集約化計画をつくりながら、正式契約に向けた手続きを進めている。

遠藤

これから契約面積は増えていきそうか。

10年後には契約面積を2万haにし、年間30万m3の素材生産につなげていく計画だ。

遠藤

その計画どおりにいくと、伊万里木材市場の年間素材取扱量は80万m3に達する。大分県全体の素材生産量(97万3,000m3、「平成28年木材統計」)に肉迫する規模になる(後編につづく)。

(トップ画像=説明会用の資料として作成された「森林信託」の概要図)

遠藤日雄(えんどう・くさお)

NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長 1949(昭和24)年7月4日、北海道函館市生まれ。 九州大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士(九州大学)。専門は森林政策学。 農林水産省森林総合研究所東北支所・経営研究室長、同森林総合研究所(筑波研究学園都市)経営組織研究室長、(独)森林総合研究所・林業経営/政策研究領域チーム長、鹿児島大学教授を経て現在に至る。 2006年3月から隔週刊『林政ニュース』(日本林業調査会(J-FIC)発行)で「遠藤日雄のルポ&対論」を一度も休まず連載中。 『「第3次ウッドショック」は何をもたらしたのか』(全国林業改良普及協会発行)、『木づかい新時代』(日本林業調査会(J-FIC)発行)など著書多数。

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