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技術者として経験を重ね、“宝の山”に戻すため経営に参画
けせんプレカットをここまで成長させた根源に泉田さんの“強い思い”があることは以前から感じていた。それがどのようにして形成されたのか非常に興味がある。どこからパワーが生まれてくるのか。
私は、ここ住田町で生まれ育ち、地元の工業高校を卒業後、国内外で幅広いビジネスを展開している情報通信分野の会社に就職した。当時は高度経済成長の真っ只中で、私達は“金の卵”と呼ばれたものだ。
その会社では、研究開発部門に配属された。上司は有名大学の大学院を出て、留学経験もある方が多く、大いに刺激を受けた。私は、通常勤務が終わったら夜学に通い、機械設計や電子工学、経済学などについて学び直した。これが社会人としての基礎づくりになった。
その後、結婚のために地元に戻り、農業機械の販売メーカーに転職し、経験を重ねていたときに、けせんプレカットの立ち上げに協力してくれとのお呼びがかかった。
けせんプレカットが発足したのは1993年だ。泉田さんにとっては働き盛りの頃だ。職を変えることに迷いはなかったのか。
迷いはなかった。住田町の森林をかつてのような“宝の山”に戻したいという気持ちが非常に強かった。ただ、木材加工や建築関係には全くの素人なので、私なりのやり方で参画しようと決めた。
泉田さんのキャリアからすると、技術者として力を発揮することが期待されていたのではないか。
そのような話もあったが、けせんプレカットの運営を軌道に乗せるためには経営力やマネジメント力が必要だと考え、そのような立ち位置で加わることにし、関係する皆さんにも理解していただいた。
同業者が集まって設立する事業協同組合は、ビジネスの方向性や経営責任が曖昧になるケースが少なくない。その問題点を最初から見抜き、自らリーダーシップをとったのか。それがけせんプレカットの発展につながったと考えると、まさに先見の明があった。
地域ビルダーやゼネコンと連携しCLT生産、バイオマス発電も計画
けせんプレカットは、将来の年商を100億円に増やす目標を掲げ、関連会社との連携を広げているということだが、その全体像について教えて欲しい。
当面、力を入れていくのは、CLT(直交集成板)、木質バイオマス発電、セルロースナノファイバー(CNF)になる。
CLTについては、量産化によってコストダウンと安定供給を早期に実現することが課題であり、そのための加工拠点を整備したい。そこから出てくるチップなどは新設する木質バイオマス発電所の燃料として活用し、電気と熱を循環利用する体制をつくりたい。
CLTに関しては、政府がロードマップ*1を策定しているが、想定したようには需要が増えていない。
地域ビルダーやゼネコンがCLTに対して何を求めているかをよく見極める必要がある。スギ集成材を始めたときもそうだったが、生産サイドから「いいものができました」と言っているだけでは、マーケットは広がらない。需要サイドとの腹を割った話し合いを重ねる中で、実需を掴むと道が見えてくる。
スモリ工業は、現在も年間約170棟を手がける実力のあるビルダーだ。このほかにも有力なビルダーやゼネコンがスギ集成材やCLTへの関心を高めており、新たなネットワークをつくる下地はできてきている。
CNFで新たな需要分野を開拓、1億円の電子顕微鏡を導入
CNFもCLTと同様に、需要が大きく伸びているわけでもない。それでもビジネスチャンスを感じているのか。
CNFの技術開発には、東北大学と連携して2022年から取り組んでいる。工場内で出てくるチップや木くずはバイオマス発電の燃料やペレットの原料として有効活用を図っているが、最終的には燃やしてしまう。これをもっと価値のあるものに変えるために、CNFという新素材に加工して、利用分野を広げることを目指している。
CNFは、軽量でありながら鋼鉄の5倍以上の強さを持ち、熱による変形が少ないなどの特長があり、自動車部品などの高強度材料や食品・医薬品の増粘材、フィルターなどの特殊材料に幅広く使用できると言われている。CNFの実用化は国家的プロジェクトにもなっているが*4、けせんプレカットはどのようなスタンスで取り組もうとしているのか。
木材の主要成分は、セルロース、ヘミセルロース、リグニンの3つであり、鉄筋コンクリートに例えると、セルロースは鉄筋、ヘミセルロースは針金、リグニンはコンクリートの役目を果たしている。ここからセルロースの繊維を取り出し、ナノレベルで精製した新素材がCNFであり、従来とは全く違う需要分野を開拓できる。
また、木材の成分利用は、CNFにとどまらず無限とも言える可能性を持っている。そこで、工場に隣接する研究棟に約1億円の電子顕微鏡を設置し、専任のスタッフを配置して、様々な分析を進めているところだ。

1億円もする電子顕微鏡を導入したのか! もう国産材工場の範疇を超えている。そこまで突き進む必要があるのか。
森林や国産材の価値を引き出し、高めていくためには必要なことだ。人々が豊かな生活を送っていくためには、衣食住が足りていなければならない。スギ集成材やCLT、CNFなどで、衣食住に関する基本的なニーズには応えることができる。あとは、エネルギーの自立化を考えたい。
永久磁気発電所でエネルギーの自立化を図り、山村を変える!
エネルギーを自給するのならば、木質バイオマス発電があるではないか。
それも有効な手段であり進めていくが、宇宙の原理を応用して、2名で永久磁石による世界初の永久磁気発電所をつくることにチャレンジしている。
永久磁石による発電所? どういうことか。
電源がなくても磁力を長期間保持できる永久磁石を回転させて自動的に電磁波を生み出し、発電する方法だ。宇宙のブラックホールの原理を応用して環境を整えれば実用化できる。
技術畑出身の泉田さんならではの発想だが、夢物語のようにも聞こえる。本当に実用化できるのか。
理論的にも実際にも実現できることは立証されている。ここにサンプルもあるが、竹の繊維を使って鉄の5~6倍の強度を持つ板をつくり、永久磁気発電所の基盤となる円板を製作した。この板を未来はCNFでつくる研究をしていく。

そのような革新的技術でエネルギーの自立化が達成できれば、森林の多い山村地域の生活は一変するだろう。まさに“辺境”が先導して日本、そして世界を変えることになる。今後の進捗に期待したい。
(2025年6月26日取材)
(トップ画像=けせんプレカットの工場脇でも「スモリの家」の建設が進んでいる、6月26日撮影)
遠藤日雄(えんどう・くさお)
NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長 1949(昭和24)年7月4日、北海道函館市生まれ。 九州大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士(九州大学)。専門は森林政策学。 農林水産省森林総合研究所東北支所・経営研究室長、同森林総合研究所(筑波研究学園都市)経営組織研究室長、(独)森林総合研究所・林業経営/政策研究領域チーム長、鹿児島大学教授を経て現在に至る。 2006年3月から隔週刊『林政ニュース』(日本林業調査会(J-FIC)発行)で「遠藤日雄のルポ&対論」を一度も休まず連載中。 『「第3次ウッドショック」は何をもたらしたのか』(全国林業改良普及協会発行)、『木づかい新時代』(日本林業調査会(J-FIC)発行)など著書多数。