(前編)イラン情勢が炙り出した積年の課題を超えて【遠藤日雄のルポ&対論】

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米国とイスラエルによるイランへの軍事介入が世界経済に大きな打撃と混乱をもたらしている。2月末の攻撃開始直後から海上交通の要衝であるホルムズ海峡の封鎖リスクが高まり、原油・石油化学製品・天然ガス等の供給不安が広がって、様々な資材や製品の価格が高騰している。その影響は日本の住宅産業や林業・木材産業にも及んでおり、円安の進行や船運賃の上昇なども相俟って、コスト高が経営を圧迫し続けている。イラン情勢が収束する兆しはなかなか見えず、関係者は不安感を抱えながら事態の推移を見守るしかないというもどかしい状況に置かれている。だが、このまま座しているだけでは、いつまでたっても活路は見いだせない。現状を冷静に分析した上で、直面している危機を乗り越える道筋を描き出していかなければならない。そこで、遠藤日雄・NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長は、川下の住宅・不動産分野から川上の森林経営・環境保全に至るまで、最新動向に精通している宮代博幸・一般社団法人木と住まい研究協会専務理事と「対論」することにした。
宮代氏は、大手木材商社の(株)ナイス(神奈川県横浜市)で長年にわたって木造住宅・木材関連部門の最前線で活躍し、現在も同社資材事業本部理事の肩書を有する。専務理事をつとめている木と住まい研究協会(同)は、木材や住宅に関わる専門家や企業・団体などが連携して、建築物の機能・性能の向上や木材利用の促進、社会への情報発信活動などを行っている。

ホルムズ海峡をはじめ世界規模で海洋運航のリスクが高まる

イラン情勢が日本の林業・木材産業に与えている影響を現段階で総括的にとらえることは難しいが、1つの手がかりとなる会合が4月17日に自民党本部で開かれた。同党の林政対策委員会(田野瀬太道委員長)が業界の現状についてヒアリングし、一般社団法人日本林業協会(東京都文京区)がとりまとめペーパーを示した(参照)。そこには、原油を精製した燃油や石油化学製品が事業活動の継続に不可欠であることが記されていた。

遠藤理事長は、こうした実情を念頭に置いた上で、宮代氏に問いかけた。

遠藤理事長

まず現状認識を整理しておきたい。日本は中東全体への原油依存度が約9割と高く、イラン情勢の緊迫化は経済活動全般に影響を及ぼすことになる。現時点での率直な見解を聞かせて欲しい。

宮代専務理事

トランプ政権の政策方針などによって状況は刻一刻と変わっている。その中で、ホルムズ海峡の問題、ひいては海洋運航全体のリスクの高まりが貿易活動に大きくのしかかっている。日本の住宅産業が使っている資材などの約半分は海外から調達しているので、影響は非常に大きい。

遠藤

世界規模で海洋運航に関わるリスクが上昇しているのか。

宮代

大局的に言えば、原油価格の高騰で船運賃などが上がり、コンテナ船の確保が難しくなって、輸送コストが嵩んでいる。中東情勢の悪化により、とくにアジアからヨーロッパ等への便の追加サーチャージが高騰している。また、多くの海運会社がスエズ運河を通るルートを避け、南アフリカの喜望峰回りに迂回するルートにシフトしていたことに伴う燃料代等の追加コストも発生している。これに加えて、日本の場合は、円安が重なる。輸入に要するコストは必然的に高くなる。

コストアップが続く中、価格転嫁が進まない構造を引きずる

遠藤

国産材の大口需要先である住宅業界にはどのような影響が出ているのか。

宮代

住宅業界が今一番困っているのは、屋根防水シートや断熱材の供給不足だ。また、ユニットバスもメーカーが突然供給停止を宣言するという異例の事態が起きた。接着剤や塗料、シンナーなども不足してきている。

遠藤

木材製品の供給が滞っていることはないか。

宮代

まだそこまでの状況にはなっていないが、接着剤を使う合板や集成材は、先行きに向けた不安感がかなりある。建材メーカーは15%〜40%程度の値上げ通知を次々と出してきており、価格転嫁が難しいという問題が表面化してきている。

遠藤

価格転嫁が円滑にいかない問題は、日本の林業・木材産業が長年抱え続けてきた課題でもある。なぜ解決に向かわないのだろうか。

宮代

根本的に産業規模の違いという問題が横たわっている。林業・木材産業は、加工・流通段階まで含めても1兆円程度の産業だ。これに対して、住宅産業は一桁違う規模で事業活動を展開している。モノの価格は力関係で決まるという現実がある。
例えば、大手ビルダーがコストアップ分を吸収しようとすれば、木材製品などの仕入れ価格を抑えようとする。このような構図の中で割を食いやすいのは中小・零細規模の製材業者などだ。

遠藤

国内の製材業者は、昭和40年代には2万社以上あったが、今は4,000社を切っている。同業者が一致結束して価格競争力を高めるべきではないか。

宮代

そのような対応も必要だろう。ただし、実態面を見ると、業界のプライスリーダーが価格を上げないと同業他社は追随しづらいという構造がある。

宮代博幸・木と住まい研究協会専務理事(ナイス資材事業本部理事)

ウッドショックの教訓を活かして、危機をチャンスに変えるとき

遠藤

イラン情勢を巡る現状は、ウッドショックのときと類似しているように見える。当時の教訓を今に活かせるのではないか。

宮代

そのとおりだ。ウッドショックがあってよかったと言うと語弊があるが、ウッドショックが起きる前は、欧州産のホワイトウッド集成材とレッドウッド集成材さえあれば家が建つと考えていた工務店やビルダーが多かった。それが海外から入ってこなくなったら「国産材製品が欲しい」となった。

遠藤

確かに、ウッドショックのときは、国産材業界の存在感が高まった。

宮代

ただ、喉元過ぎればのところがあって、最近はウッドショック以前の状況に戻りつつあった。その中で、今回のイラン情勢が勃発した。この機会に木材、とくに国産材の大切さを改めて認識してもらうことが必要だ。

遠藤

ウッドショックのときに儲けたのは製材業者や流通業者などで、山元には利益が十分に還元されなかった。

宮代

そのように一部の業者だけが儲けるような状況は絶対に避けなければならない。サプライチェーン全体を見渡して、どこに問題があるかを明らかにする必要がある。
今のような状況は、改革を進める好機と受け止めることができる。いたずらに危機感を煽らずに、事態の沈静化を図りながら、積年の課題を解決していくきっかけにするべきだ。
国産材業界の中には、「今はチャンスだ。多くの関係者が木材に目を向けてくれている」と積極的に捉えている経営者もいる。

遠藤

イラン情勢の緊迫化はあっても、国産材業界には追い風が吹いていると見ていいか。

宮代

追い風は吹いている。その風をどう受け止めて、新たな事業展開に活かしていくかが問われている。国内人口の減少で住宅市場の規模は縮小しており、欧米の主な製材工場は日本向けの製品出荷量を3割〜5割程度も落としている。こうした現実をきちんと見据えた上で、次の一歩を踏み出すときにきている。(後編につづく)

(2026年4月24日取材)

遠藤日雄(えんどう・くさお)

NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長 1949(昭和24)年7月4日、北海道函館市生まれ。 九州大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士(九州大学)。専門は森林政策学。 農林水産省森林総合研究所東北支所・経営研究室長、同森林総合研究所(筑波研究学園都市)経営組織研究室長、(独)森林総合研究所・林業経営/政策研究領域チーム長、鹿児島大学教授を経て現在に至る。 2006年3月から隔週刊『林政ニュース』(日本林業調査会(J-FIC)発行)で「遠藤日雄のルポ&対論」を一度も休まず連載中。 『「第3次ウッドショック」は何をもたらしたのか』(全国林業改良普及協会発行)、『木づかい新時代』(日本林業調査会(J-FIC)発行)など著書多数。

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