(前編)オロチの“成功”から見通すスギ産地の将来【遠藤日雄のルポ&対論】

新規事業をモノにするまでには、10年はかかるといわれる。立ち上げ時にいくら話題を振りまいても、思惑通りに売り上げは伸びず、資金繰りに行き詰まって消えていったというケースは少なくない。それだけニュービジネスを軌道に乗せることは難しいが、山村に豊富なスギを活かしてこのハードルを見事に乗り越えた企業がある。鳥取県日南町のLVL(単板積層材)メーカー・(株)オロチ(相見晴久・代表取締役社長だ。同社は、2006年に同町の日野川の森林(もり)木材団地内に工場を新設し、2008年からLVLの生産を開始。だが、当初は思うような製品がつくれず、販路開拓にも苦しんで、赤字が続いた。それでも粘り強い改善努力を積み重ね、数年前からは黒字経営に転じ、遂に前期(2020年10月1日~2021年9月30日)は過去最高益を記録、超過債務も解消した。
文字通りゼロからスタートした同社がここまで成長できたのはなぜか。さらなる発展は見込めるのか。この点を明らかにするために、遠藤日雄・NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長は、同社の創業社長であり、現在は代表取締役会長として事業全般を指揮している森英樹氏に「対論」を申し込んだ。

3シフトでフル操業、出荷量、販売額、原木消費が最高に

遠藤理事長

昨年(2021年)3月に、全国LVL協会の中西宏一会長((株)キーテック・代表取締役社長)と「対論」した際、国産LVLのマーケットが広がってきていると手応えを口にしていた。オロチの好調な業績は、それを物語っているようだ。直近の状況はどうなのか。

森英樹・オロチ会長
森会長

おかげさまで、工場は3シフト(3交代制)のフル操業が続いている。前期のLVL製品の出荷量は約2万1,000m3で対前年比12%増、販売額は約13億円で同じく15%増とこれまでで最高になった。

遠藤

年間の原木消費量はどのくらいになっているのか。

約4万8,000m3だ。これも過去最高となっている。

(株)オロチの原木使用量の推移
遠藤

昨年は木材製品不足と価格高騰が進み、木材加工メーカーにとっては“つくれば売れる”状況だった。そうした追い風要因を割り引いてもオロチの経営は堅調に映る。成功の要因を知りたい。

業界トップリーダー達の後押しを受け、出口づくりに挑戦

森会長は、2005年に林野庁を退職して日南町森林組合に入り、新規プロジェクトを任されてオロチを立ち上げ、自ら社長に就任した。

遠藤

国家公務員という安定した職をなげうって山村で起業し、主力製品をスギLVLにしたことは大きな決断だっただろう。勝算はあったのか。

林野庁時代に日南町へ3年間ほど出向し、地域の関係者と議論を重ねた末、豊富なスギを活かすためには出口づくり(需要創出)が不可欠だという認識で一致した。そして、中国地方の木材業界の方々からお話を伺うことを通じて、LVLが有力候補にあがってきた。木材業界の重鎮的存在である(株)ウッドワンの中本利夫会長(当時)やJKホールディングス(株)の吉田繁会長をはじめ、トップリーダーといえる経営者の方々に意見を聞くと、「スギでつくれるのならば意義がある」、「私もやってみたかった。応援する」という反応が圧倒的に多かった。
また、日本を代表する合板機械メーカー・(株)名南製作所の創業社長である長谷川克次氏は日南町の出身で、LVLの製造機についても研究を進めていた。私は、元林野庁職員としても地域のスギを主体とした森林資源を何とか活用したかったので、長谷川氏と腹を割って話したところ、支援していただけることになった。
スギは強度が出ないので、LVLのようなエンジニア―ド・ウッドにすることは難しいとわかってはいたが、従来にない新しいマーケットを創出するため、思い切ってチャレンジすることにした。

スギの強度バラツキに直面、含水率のランダム分布も壁に

遠藤

実際にスギを使ったLVLの生産に着手してどうだったのか。

非常に苦労した。スギでLVLをつくることはできる。しかし、品質を安定させることは極めて難しい。
一口にスギといっても、その強度、ヤング係数は、品種によって違う。また、山の南側とか北側とか、育ってきた場所や条件によっても変わってくる。
鳥取県では、主に昭和30年代に様々な品種のスギが植えられており、弊社の工場で扱う地元産のスギには強度面で大きなバラツキがあることがLVLの生産を始めてからわかってきた。
さらに悩まされたのは、含水率の分布がランダムで単純ではないことだ。LVLは単板を積層し接着してつくるが、この段階で含水率が不揃いだと接着不良や曲がり、反りが出てしまう。この問題をクリアすることが一番難しかった。

遠藤

1枚の単板でも含水率が均一にならないのか。

そうだ。1枚の単板全体の含水率を5%以下にしても、スポット的に5%にならない部分がある。データ上は5%以下に管理できているのだが、あるスポットだけは13%とか15%になっており、ここで接着不良が起きる。このスギ特有の性質が最初はわからなかった。

遠藤

どうやって解決したのか。

人工乾燥のやり方や、ロータリーレースでの剝き方などを工夫して、弊社独自のノウハウを数年かけて蓄積してきた。これが最も大きな技術的課題だった。

管柱(くだばしら)路線から造作材に切り替えたが“水との闘い”に苦戦

遠藤

オロチのLVL工場が稼働を始めた2008年は、リーマンショックによる世界同時不況の最中だった。これも経営面では厳しかったのではないか。

工場はできたものの製品は出ていかないし、借金ばかりが積み重なっていくような状態だった。
当初想定していたのは、LVLの管柱をつくることだった。ヨーロッパから輸入されている集成管柱と対抗できる製品の供給を目指したが、先ほど述べた含水率の問題などがあって、なかなか一定の強度を担保できる製品ができない。コスト面でも輸入製品と伍(ご)していくのは難しかった。そもそもスギLVLの管柱ですと営業に回っても、それは何ですかと言われるほど認知度は低かった。

遠藤

管柱のような構造材の分野にスギLVLで参入していくのは難しかったわけか。

そこで造作材としての利用に照準を切り替えた。中国からポプラを使ったLVLが輸入され、マンションの間柱などに使われている。この需要獲得を目指したが、ここでも水との戦いが問題になった。

遠藤

水との戦い?

マンション間柱用に含水率を10%まで下げたスギLVL製品をつくったのだが、今度は含水率が低すぎるという問題が生じた。弊社のスギLVLを間柱用にマンションの建築現場に持ち込むと、平衡含水率に戻ろうとしてコンクリートの水分を吸ってしまい、曲がったり反ったりしてしまう。また、中国のポプラLVLはm3当たり3万円くらいで輸入されていた。弊社の製品は5万円程度になってしまうので、コスト面でも競争力が出てこなかった。

中国産のポプラLVL
遠藤

八方塞がりのように見えるが、どうやって窮地を切り抜けたのか。

突破口となったのは、天井野縁だった。(後編につづく)

(2022年 1月 28日取材)

(トップ画像=好調な出荷が続くオロチのLVL製品)

遠藤日雄(えんどう・くさお)

NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長 1949(昭和24)年7月4日、北海道函館市生まれ。 九州大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士(九州大学)。専門は森林政策学。 農林水産省森林総合研究所東北支所・経営研究室長、同森林総合研究所(筑波研究学園都市)経営組織研究室長、(独)森林総合研究所・林業経営/政策研究領域チーム長、鹿児島大学教授を経て現在に至る。 2006年3月から隔週刊『林政ニュース』(日本林業調査会(J-FIC)発行)で「遠藤日雄のルポ&対論」を一度も休まず連載中。 『「第3次ウッドショック」は何をもたらしたのか』(全国林業改良普及協会発行)、『木づかい新時代』(日本林業調査会(J-FIC)発行)など著書多数。

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