(後編)設計者の視点から展望する国産材と林業の将来【遠藤日雄のルポ&対論】

東京都 建設

前編からつづく)都市部で先駆的な木造建築物が競うように建てられる時代になってきた。非住宅分野の木材需要が確実に膨らみ始めている。一方で、既存の住宅マーケットは人口減によって縮小していくとみられる。この狭間で、国産材を手がける関係者はどのような進路を描けばいいのか。
遠藤日雄・NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長とのオンライン「対論」に臨んだアトリエフルカワ一級建築士事務所の古川泰司代表と、Nikken(ニッケン)Wood(ウッド)Lab(ラボ)の大庭拓也リーダーは、「大きな林業」と「小さな林業」を並走させる方向性を示した。では、この2つの「林業」の内実はどのようなものになるのか。3人の議論は、この点を深掘りしていく。

「大きな林業」と「小さな林業」の関わりをデザインする

遠藤理事長

目を見張るような中高層の木造ビル向けに国産材を安定供給するためには、「大きな林業」が必要だろう。大庭リーダーは、大手設計会社に所属して、国産材の活用に取り組んでいるわけだが、どのようなことを感じているか。

大庭リーダー

私共が手がける木造建築物では、大量の木材を使うことが多い。これを特定の地域の木材だけで賄おうとすると、計算方法にもよるが、十数haの山の木を丸ごと伐り出すようなことになってしまう。
地域の山の木を有効活用したいと考えて設計をスタートしても、大規模建築物にあてはめると現実的には使えないというケースに対峙することが多々ある。
一定の品質・量を担保した丸太(素材)を確実に出せるところは、実は全国にも数えるほどない。そこで東京五輪の選手村ビレッジプラザでは、各地の地域材を活かした製品をうまく使うことにした。

遠藤

ということは、「大きな林業」を展開できる産地なり地域は限られるということか。

大庭

「大きな林業」を実現していく上で、「小さな林業」との関わりをどのようにデザインしていくか、これが非常に大事になると感じている。

地域材に関わる様々なプレーヤーの情報共有が欠かせない

遠藤

今の指摘は示唆に富む。古川代表は、埼玉県東松山市の桑の木保育園で、地元産のJAS(日本農林規格)材だけで中大規模の非住宅建築物を建てている。「小さな林業」で「大きな林業」のような仕事をしたといえるのではないか。

古川代表

桑の木保育園は、延床面積が約440m2で、構造材だけでなく、内装材・造作材や建具まで埼玉県産のスギを使用した。
この物件の前に、熊谷市で延床面積約850m2のわらしべの里共同保育所を木造で建設する設計もやっており、どちらも構造材は、秩父市の(株)金子製材所から供給してもらった。

遠藤

金子製材所は、私もルポしたことがある。地元の山と深い関わりを持ちながら、先進的な製材経営を行っていることが印象的だった。

古川

金子製材所のようなところがあると、「小さな林業」で非住宅建築物に対応する道筋が見えてくる。地元の森林組合や素材生産業者などがいつ・どのくらいの丸太を出してくるのかをきちんと把握していて、現実的な製材可能能力などを弾き出している。私のような設計者が相談に行っても、市場に行かないとわからないということではなくて、あの山主の山から長さ6mの丸太が出るといった踏み込んだ打ち合わせができる。

遠藤

金子製材所のようなところとは、どうやってつながりをつくったのか。

古川

ベースは設計者の有志で木造建築に関する研究会をつくったことだ。初めは設計者だけで議論していたが、それだけでは埒(らち)が明かないので、知り合いの製材所とか林業家を呼んできて議論の輪を広げていった。地域材の生産や流通に関わる多様なプレーヤーが本音で話し合える下地ができると、木造の保育園をつくりたいと言われても、自信をもって引き受けられる。
こういうチームが全国各地にできるといいし、私もいろいろ相談を受けている。これから様々なプロジェクトが起きてくるだろう。

並材に一手間も二手間もかける、ときにはブレーキも必要

遠藤

今後「小さな林業」が増えていく可能性があるわけか。

古川

もちろん「小さな林業」一辺倒でいいということではない。良質な丸太があって、付加価値の高い製品に加工できる地域ならば、小さい商いでもビジネスとして十分成り立つが、そういう幸せな地域は限られている。私が関わっている地域から出てくるのは、並材がほとんどだ。付加価値を高めようとしても限りがあるので、「大きな林業」とつながっていかないとビジネスにならない。そこのつなげ方が問題になる。
「大きな林業」と大規模な木材加工工場などが単純につながると、とりあえず使わない丸太はすべてチップにして発電用燃料に回すといった乱暴なロジックになる。その前に一手間も二手間もかけて付加価値を高める仕組みを導入しないと「小さな林業」は生きてこない。そこはデザインであり、設計者が意識を持っているかが問われる。

大庭

設計者は、クライアント(発注者)の要望に合わせて適材適所の木材利用を考えており、単純にルール化することはできない。ところが、カーボンニュートラルとかSDGsという言葉が先行して、とにかく木を使えばいいという流れになりつつある。時代や社会の要請に応えたいと願うクライアントからの注文を額面通りに受け止めてしまうと、持続的でない木造化や木材利用になる恐れがある。設計者としては、ある意味ブレーキを踏みながらコーディネートしていく必要がある。
この点に関して、Nikken Wood Labでは、一般流通材と接合金物だけで木質化ユニットをつくる「つな木」というプロジェクトを展開している。地域の山の木を一般ユーザーとつなぎ合わせて木材利用の裾野を広げていく“作法”のようなものを「つなぎ」を通じて習得していきたいと考えている。

「つな木」プロジェクトの展開イメージ

スケール感と時間軸を合わせた議論を進めて、共存の道へ

遠藤

どうやらキーワードは「つながり」ということになりそうだ。
1990年代の後半から2000年代の初めにかけて「近くの山の木で家を造る運動」などが盛り上がりをみせ、地域の連携強化が強調されたことがあった。だが、その後尻すぼみになってしまった。

古川

振り返ると、スケール感の違いが大きかった。林業家が生活をするために丸太を伐り出す量と、地域の工務店が必要とする木材の量が全く合わない。その中で工務店のプロモーション活動が先行したため、林業家は疲弊してしまった。先ほど言ったようなチームが各地にできて、スケール感を合わせた議論をするべきだろう。

大庭

スケール感とともに、時間軸の問題も重要になる。大規模建築物用の木材は、いわゆる流通材では賄えない。最近はデザインビルドという発注方式(設計・施工一括発注方式)が主流になってきているが、それでも設計図を出して躯体をつくるまでの期間が2年もなかったりする場合がある。やはり設計段階で、どういう木をどれくらい使うのかを綿密に計算しないと、いい木造建築はできない。スケール感と時間軸の両方を考えることが私達設計者の仕事になる。

古川

ポイントは、川下の正確な発注情報をいかに山側に伝えるか、その一方で、山側の森林資源などに関する情報を私達がもらえるかだ。この情報のやりとりがまだ十分ではない。ここには、商社や大型木材加工工場など「大きな林業」に関わるプレーヤーも介在してくる。その人達と「小さな林業」との関係性をどのように構築していくかが問われている。

遠藤

「大きな林業」と「小さな林業」は、二者択一ではなく、それぞれのメリット・デメリットを活かして共存できる可能性を持っていることがわかった。この視点を大切にしていきたい。

(2022年5月11日取材)

(トップ画像=わらしべの里共同保育所の内部)

『林政ニュース』編集部

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