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木材に限らずすべての資材が値上がり、工期遅れや中止も発生
古川氏は、大学で設計やデザインなどを学び、建築事務所や工務店での勤務を経て、1998年にアトリエフルカワ一級建築士事務所を設立した。林業、製材業と職人をつないで地域材を活かすことを設計のポリシーにしており、一般住宅だけでなく、JAS(日本農林規格)製材品を活用した桑の木保育園(埼玉県東松山市)などの非住宅建築物も数多く手がけている。
大庭氏も大学で建築学を学んだ後に、日建設計に入社。東京オリンピック・パラリンピック競技大会の木造施設、有明体操競技場や選手村ビレッジプラザを設計したほか、Nikken Wood Labを立ち上げて木質化ユニット「つな木」を提案するなど意欲的な活動を続けている。
国産材利用と林業のあり方について議論する前提として、現在の状況を確認しておきたい。ウッドショックの震源地である米国では、住宅ローン金利の引き上げで需給の逼迫感が薄れ木材価格が下がり始めている。マーケットの様相は刻々と変わっているが、設計の現場ではどのように受け止めているか。
木材に限らず建築に関わる費用がすべて上がっている。設計関係者らの声を総合すると、5割くらいの上昇率になっている感覚だ。つまり、3,000万円で契約していた物件が4,500万円に値上がりしているわけで、これではなかなか仕事が進まない。実際に多くの建築プロジェクトが止まってしまうケースも出ている。
ただし、木材の価格、とくに国産材については、上昇率は1割くらいで、上がっても2割程度というのが実感だ。

主要建築部材である鉄骨などの価格も上がっていて納期も遅れている。石油製品も高くなっており、壁紙に使うビニールクロスなども値上がりして、木質製品との価格差が徐々に縮まってきている。
以前は、国産材を使おうとしても、外材や他の資材と比べてコスト競争力が劣り、提案しづらい面があった。そういう状況が変わってきていることは確かだ。
住宅購入の中間層が空洞化する恐れ、中古住宅の利活用を
この価格上昇はいつまで続くとみているか。人口減が続く日本では、住宅需要は落ち込んでいくと予測されているが。
国内外の状況を勘案すると、今の価格水準が簡単に崩れるとは考えにくい。一方で、新築の住宅着工戸数は減っていくから、構造的な変革が迫られるのではないか。今まで2,000万円で建てていた家が3,000万円になると言われたら、当然ながら購入をあきらめる人が増える。住宅の購入価格は1,000万円から3,000万円のいわゆる中間層が分厚かったが、ここが一気になくなって空洞化していく恐れがある。
その空洞化する部分でビジネスをしている工務店や設計事務所などはこれからどうしていくのか。
よく話題になるように、まだ木造率の低い非住宅分野に参入していくという方向性がある。
また、中古住宅の活用も重要な分野だ。中古住宅をどう評価して、リニューアルしていくかという問題は、まさに議論を重ねている最中で、様々なプレイヤーがトライアンドエラーを重ねている。1戸丸ごとの改修工事なら取り組みやすいが、実際には部分改修が多い。そのときの断熱工事のメソッドなどはこれから蓄積をしていくという段階だ。そうした蓄積に厚みが出てくると、中古住宅の利活用というマーケットが形成されていくのではないか。
五輪施設で前例のないチャレンジ、国産材の大量調達課題
非住宅分野の木造・木質化に関しては、五輪施設の有明体操競技場や選手村ビレッジプラザが非常にシンボリックな建築物となった。大庭リーダーは、どのようなコンセプトで設計をしたのか。
有明体操競技場は、約90mに及ぶ大スパンの屋根架構をカラマツの大断面集成材を使って構築し、大空間を実現した。おかげさまで、2021年の世界建築フェスティバルで「The 2021 Engineerring Prize」を受賞することができた。
また、選手村ビレッジプラザは、全国の自治体から無償で提供していただいた木材を様々な箇所に使ってオールジャパンの多様性と調和を表現した。大会後に解体された木材は、提供自治体に返し、五輪のレガシーとして公共施設などに活用していただいている。

前例のない取り組みだけに苦労も多かったのではないか。
大規模な木造建築物を建てる場合、大量の国産材が必要になる。有明体操競技場は約2,300m3、選手村ビレッジプラザでは約1,300m3の使用量になった。それを森林認証を取得したJAS同等材で揃えるとなると現実的にはハードルが高い。
選手村ビレッジプラザを建てる際には、地域ごとにどういう木があって、加工体制はどうなっているかをリサーチをしたが、かなりまちまちで、中には手加工でしかできない地域もあった。これを個性ととらえれば魅力になるが、国産材を大量に使おうとする際の課題であり、様々な工夫が必要になると考えている。
「大きな林業」と「小さな林業」を戦略的に展開していく
確かに、大規模建築物向けに国産材を大量供給する体制づくりはこれからの課題だ。
そのためには、ロットをまとめた「大きな林業」をつくりあげていくことが必要だ。一方で、国産材を活かす別の道もある。地域の森林資源に立脚して、地元の林業技術や製材技術などを活かして地域材の価値を高め、山元に利益を還元していく「小さな林業」も展開していくべきだろう。各地の林業関係者や木材業者らと交流していると、構造材ではなくて仕上げ材や板物にシフトしていくという明確な方向性も出てきている。
「大きな林業」と「小さな林業」という2つの戦略的な取り組みが必要というわけか。さきほど言及のあった中古住宅市場の形成などは、小回りのきく「小さな林業」の方が適応しやすいだろう。
ところで、古川代表は、地域材を使った木造保育園なども設計しているが、地元の関係者とはどのような連携を図っているのか。
一昨年(2020年)の3月に埼玉県東松山市に竣工した桑の木保育園は、県産のムク(無垢)材で、かつJASの機械等級区分製材品を100%使って建てた。中大規模の非住宅建築物を木造化する参考モデルになると考えている。(後編につづく)
(2022年5月11日取材)
(トップ画像=埼玉県産材だけで建てた桑の木保育園)
遠藤日雄(えんどう・くさお)
NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長 1949(昭和24)年7月4日、北海道函館市生まれ。 九州大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士(九州大学)。専門は森林政策学。 農林水産省森林総合研究所東北支所・経営研究室長、同森林総合研究所(筑波研究学園都市)経営組織研究室長、(独)森林総合研究所・林業経営/政策研究領域チーム長、鹿児島大学教授を経て現在に至る。 2006年3月から隔週刊『林政ニュース』(日本林業調査会(J-FIC)発行)で「遠藤日雄のルポ&対論」を一度も休まず連載中。 『「第3次ウッドショック」は何をもたらしたのか』(全国林業改良普及協会発行)、『木づかい新時代』(日本林業調査会(J-FIC)発行)など著書多数。