(後編)中川勝弘・中川木材産業社長と“万博”を読み解く【遠藤日雄のルポ&対論】

前編からつづく)大阪府大阪市の夢洲(ゆめしま)で開催中の「大阪・関西万博」(2025年日本国際博覧会)では、「大屋根リング」(木のリング)や各国のパビリオンなどにふんだんに木材が使われており、国産材の新たな需要を掴むためにも極めて示唆に富むビッグイベントとなっている。遠藤日雄・NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長は、1970(昭和45)年に開かれた「大阪万博」についても身をもって体験している中川勝弘・中川木材産業(株)社長との「対論」を通じて、国際的な博覧会から“得られるもの”をより明確にしていく。

プラグマティズム(pragmatism)が木材利用拡大の根底にある

遠藤理事長

「大阪・関西万博」で木材が積極的かつ広範に使われている根底にプラグマティズム(pragmatism)があるという指摘には少々意表を突かれた。プラグマティズムとは、実利的なものを重視する考え方と理解されているが、それが「大阪・関西万博」から読み取れるのか。

中川社長

55年前の「大阪万博」から今回の「大阪・関西万博」に至る国際的な木材利用のトレンドを追うと、プラグマティズムが意味する合理的な使い方にシフトしてきていることがわかる。この流れは、これからも変わらないだろう。

遠藤理事長

具体的に、木材の使い方がどのように変わってきているのか。

中川社長

私のようなエクステリア業者が「大阪・関西万博」の会場を訪れてまずびっくりするのは、木材を非常にラフに使っていることだ。
入場ゲートの天井部分にはスギの板を張っているが、いわゆる「千鳥張り」にはしていない。板を突き合わせるようにして使っている。

「大阪・関西万博」の入場ゲート(西ゲート、画像提供:中川勝弘氏)
遠藤理事長

「千鳥張り」は、継ぎ目が一直線にならないように互い違いに張る手法だが。

中川社長

そうすることで強度や美観が増すメリットがあるのだが、納期やコストなどを勘案して、突き合わせにしたのだろう。このような事例は、会場内のあちこちで見ることができる。

木口や継ぎ目などは露出させたまま、ラフな使い方が目立つ

遠藤理事長

木材を多用しているパビリオンでもラフな使い方をしているのか。

中川社長

デザイン的に斬新でユニークな木造パビリオンが多いが、施工はかなり荒っぽい。
例えば、カタールパビリオンは、ダイナミックに木材を使用していてとても迫力があるが、木口や継ぎ目のところは露出させたままになっている。普通、日本の業者だったら外から見えなくするような仕上げをするのだが、そういうことは一切せずにパビリオンをつくり上げている。
会場内の各所に設置されているウッドデッキも、「幕板」を付けていない。

カタールパビリオンの内部(画像提供:中川勝弘氏)
遠藤理事長

ウッドデッキの側面に取り付ける「幕板」がないのか。

中川社長

「幕板」には、根太や束柱などの基礎部分を隠し、外観を美しく見せる機能がある。だが、そうした機能にはこだわらずに、ウッドデッキをつくっている。これなら早く、安くできるだろう。

国産材の利用も進む、自国産材を持ち込むより現地で調達へ

遠藤理事長

そのようなラフなつくり方は“手抜き”と言われるのではないか。

中川社長

専門家から見たらそのように映るだろう。ただ、新しい感覚で木材利用を進めているとみなすこともできる。
55年前の「大阪万博」と比べて今回の「大阪・関西万博」で木造パビリオンなどが大きく増えているのは、鉄やアルミなど他の材料よりも木材が選ばれているからだ。その理由として、木材は環境にいい材料ということがあるが、それだけでは限られた納期やコストの中で採用する決め手にはならない。施工面などで現実的かつ合理的な工夫をすることによって、本当の意味での競争力がついてきているのだろう。

遠藤理事長

万博会場で、国産材はどのように使われているのか。

中川社長

「大阪万博」のときは、日本のパビリオンで国産材を使っていたケースは極めて限定的だったが、今回の「大阪・関西万博」では当たり前のように使用されており、大きく変わったと感じる。
その中で興味深いのは、ポーランドパビリオンだ。小さな木の塊が壁面を覆うユニークなデザインになっている。担当者に、「あれはポーランドの木ですか」と尋ねたら、「日本の木を使っています」という答えだった。ポーランドから二酸化炭素(CO2)を排出しながら木材を日本まで輸送して使うよりも、施工現場に近いところの木材を用いる方が合理的という判断なのだろう。これもプラグマティズムといえる。

ポーランドパビリオンの外観(画像提供:中川勝弘氏)

「見せる部分」と「見せない部分」を分けずに合理性を追求

遠藤理事長

こうして「大阪・関西万博」を概観すると、確かにプラグマティズムが木材利用の世界標準になってきているようだ。

中川社長

建築物に限らず、パビリオンのガイド役が身に着けているユニフォームを見ても、55年前とは様変わりしている。「大阪万博」のときは、みんなきっちりとしたフォーマルなユニフォームを着ていた。しかし今回、ほとんどのパビリオンのガイド役は、ルーズでフレンドリーな服装をしている。この傾向は、一般の来場者も同様だ。55年前から見たらだらしないと映るかもしれないが、温暖化が進む中で、風通しのいいリラックスできる服装にシフトするのは、理に適っている。

遠藤理事長

木材や建築物を取り巻く状況がそのように変わってきていることを踏まえて、最後に「大阪・関西万博」から読み取れることを総括して欲しい。

中川社長

これまでの建物は、「見せる部分」と「見せない部分」を分けていたが、「大阪・関西万博」のパビリオンでは、筋交いや金物が露出していたり、あえて壁を設けずに天井裏をそのまま見せるなど、従来の常識にとらわれない設計が多くなっている。2階の床が天井を兼ねていて、配管や配線が見えているパピリオンもある。これは建築物の構造や材料、解体に至るまで、環境への負荷を最小限に抑える工夫の1つといえるだろう。
「大阪・関西万博」のシンボルである「大屋根リング」は、ぜひ多くの人に歩いていただきたい圧倒的なスケール感がある。「大屋根リング」もつくり方には荒っぽいところがあるが、各所に花が植えられていて、育てられている。こうした自然と一体化した環境をつくろうとする取り組みは、欧米などの方が一歩先を行っているように感じる。日本にも木の文化があるが、諸外国の木材利用や森林とのつながり方から学ぶべきことはたくさんある。
「大屋根リング」は2層構造になっていて、「空中の庭園」と呼べるスペースがあり、本物の芝生が植えられていて、思わず寝転びたくなる。会期中に多くの方がここで自然と一体化する心地よさを体感していただければ、国産材を含めた木材利用にさらに広がりが出ていくだろう。

イタリアパビリオンの内部(画像提供:中川勝弘氏)

(2025年5月29日取材)

(トップ画像=「空中の庭園」でくつろぐ来場者、画像提供:中川勝弘氏))

遠藤日雄(えんどう・くさお)

NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長 1949(昭和24)年7月4日、北海道函館市生まれ。 九州大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士(九州大学)。専門は森林政策学。 農林水産省森林総合研究所東北支所・経営研究室長、同森林総合研究所(筑波研究学園都市)経営組織研究室長、(独)森林総合研究所・林業経営/政策研究領域チーム長、鹿児島大学教授を経て現在に至る。 2006年3月から隔週刊『林政ニュース』(日本林業調査会(J-FIC)発行)で「遠藤日雄のルポ&対論」を一度も休まず連載中。 『「第3次ウッドショック」は何をもたらしたのか』(全国林業改良普及協会発行)、『木づかい新時代』(日本林業調査会(J-FIC)発行)など著書多数。

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