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高度乾燥技術のシンボルとしてスギ材のバイオリンを製作
スギ材でつくったバイオリンとは珍しい。ただ、今は日田家具の今後について議論をしているところだ。バイオリンと関係はあるのか。
スギ材を家具に利用するための原点は、しっかりとした木材乾燥ができるか否かにかかっている。弊社では試行錯誤の末、家具に用いるスギ材の乾燥に関する高度な技術を確立した。その技術を一般の方々にもわかりやすく伝えたいと考え、シンボルとしてスギ材のバイオリンを製作した。

なぜバイオリンなのか。
8年前に、大好きな女性バイオリニストの高嶋ちさ子さんの演奏を聴いているときにひらめいた。そうだ!スギ材でバイオリンをつくろうと。
スギ材は強度が比較的弱く、振動特性の関係からバイオリンの材料には向かないとされる。通常、音を伝える振動体となる表板には針葉樹のトウヒ(スプルース)が、裏板には広葉樹のカエデ(メープル)が使われるケースが多いようだが。
いや、高度な乾燥技術があればスギ材でもバイオリンができる。それが私の信念だった。
直談判を重ねて楽器メーカーと連携、プロの眼にも叶う完成度
バイオリンの製作には楽器メーカーの協力が不可欠だ。
スギ材でバイオリンをつくりたいと大手楽器メーカーなどに相談したが、どこも門前払いだった。それでも諦めずに働きかけ続けた結果、遂に2019年に引き受け手が見つかった。長野県の楽器メーカーと直談判して承諾を得ることができ、人工乾燥したスギの板材を持ち込んだ。
その板材でバイオリンをつくったのか。
2021年3月に完成した。それがこのバイオリンだ。
バイオリンは、弦が張られている表板の中央付近に「F字孔」と呼ばれる左右対称の穴が開いている。内側の空気振動を外に伝えて音を響かせる繊細な部分だ。ここにひびがまったく生じていない。弊社のスギ材(板材)を芯から乾燥させる技術によって、プロの眼にも叶うバイオリンを実現することができた。
小埜社長の“執念”には頭が下がる。それだけスギ材の価値を高めたいという気持ちの表れにほかならない。
ところで、このバイオリンの音色はどうなのか。
社内で演奏会を企画したら、「本当に音が出るのか」と心配する社員もいたが、実にいい音色だった。その後、このバイオリンでミニコンサートを開いたら大好評だった。願わくば、高嶋ちさ子さんにスギ材のバイオリンで演奏してもらいたい。
改めて確認しておきたい。このバイオリンに用いたスギ材は、家具用にも使えるのか。
そのとおりだ。そうでなければ意味がない。日田スギ(ヤブクグリ)の板目を使っている。もともとヤブクグリは製材しても目が粗く、天然乾燥や人工乾燥をしても“真水”が残るという難点があった。“真水”が残ったまま家具にすると、板に微妙な動きが発生する。このハードルを乗り越えた証がスギ材のバイオリンということだ。
技能講習会で人材育成、展示会等を通じ消費者にアピール
スギ材の乾燥技術が進化したことで家具製造の道筋が開けた。しかし、家具を売っていくには、新たなマーケティング戦略が必要だ。遠藤理事長は、改めて日田家具工業会の上部和彦事務局長に尋ねた。
スギを家具という“カタチ”にして商品化し、コマーシャルベースに乗せていくために、どのようなことをしているのか。
様々な取り組みやイベントを行っている。まず脚物家具産地のレベルアップを図るため「椅子張り技能講習会」を実施し、その成果を実らせるために国家資格の技能検定にチャレンジする人材を育成している。また、日田家具産地のPR事業の一環として「日田家具工業会オープンファクトリー」を開催し、会員の工場を消費者の皆様に見学していただいている。さらに、東京ビッグサイトで開催される「IFFT/インテリアライフスタイルリビング」などの展示会に出展している。
見学者や消費者の反応はどうか。
確実な手応えを感じている。ただそれに甘んじているわけにはいかない。旧弊から脱却するためには日田家具の新たな商品やデザイン開発が不可欠だ。そこで産官学交流事業の一環として大分県産業科学技術センター及び大分県立芸術文化短期大学(以下「大分芸短」と略)との3者によるプロジェクトを立ち上げ、大分芸短で授業を行うなど連携を深めているところだ。
「産官学プロジェクト」で若い世代にスギ材の良さを伝える
今年(2021年)の7月27日から8月6日まで、大分芸短で「産官学連携プロジェクト」の成果発表会が行われた。画像は、発表会に向けた最初の授業の一齣で、プレゼンテーションを行っているのは、大分県西部振興局(日田市)の農山村振興部に在籍する加茂明子主任。加茂主任はスギ大径材の有効利用をテーマの1つにして日々業務に携わっている。受講生は大分芸短の美術科デザイン専攻でプロダクトデザインを研究する学生15名。スギ大径材の新たな価値を創造するために家具に利用できないかという問題意識を共有している。

遠藤理事長は、加茂主任に聞いた。
どのようなプレゼンテーションを行ったのか。
日田地域の森林・林業の現状やスギ大径材問題の実態について学生に知ってもらおうと話をした。スギ人工林の循環利用のためには齢級配置の平準化によって将来を見据えた森林資源の確保が大事だということを説明した。その一方で、先人たちが植え大切に育ててきたスギ大径材に高い付加価値をつける必要性についても言及した。
その選択肢の1つが日田家具というわけか。
そのとおりだ。家具は日常生活の中で触れることができ、スギ材の良さを身近に体感できる。スギ大径材の節が少なく美しい木目を日田家具に活かすことに「官」の立場からも協力していきたい。
遠山富太郎『杉のきた道―日本人の暮らしを支えて』(中央公論新社発行)には、古来スギは板に割って使うのが基本だったとある。そのスギ板の乾燥技術を確立した日田では、家具用材という新たな用途が拓けてきている。さらなる発展を期待したい。
(2021年11月30日取材)
(トップ画像=アサヒが取り扱っている乾燥されたスギ板)
『林政ニュース』編集部
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