都市部とのつながりを深める森林セラピーの聖地・信濃町【進化する自治体】

長野県 中部地方 森林の新たな利用

都市部とのつながりを深める森林セラピーの聖地・信濃町【進化する自治体】

野尻湖や黒姫高原を擁し「日本三大外国人避暑地」の1つに数えられる長野県信濃町。2002年に日本で初めて森林セラピーに取り組んで以降、最先端を走り続けてきた。関係者からは“聖地”とも呼ばれ、着実に実績を重ねている同町の最新状況をお伝えする。

森林内を散策しながら「カウンセリング」や「水療法」などを体験

信濃町の森林セラピー事業「癒しの森Ⓡ」は、1泊2日以上を基本とし、3泊以上の長期滞在もでき、各々の日程で様々な体験をするプログラムだ。利用者は、同町が認定した「癒しの森の宿」に宿泊し、「森林メディカルトレーナーⓇ」とともに森林内を散策する。

森林セラピーロード(散策路)はいくつかあるが、基本的なコースは3つ。利用者は、そこを歩きながら「森のカウンセリング」や「水療法」、「丹田式深呼吸」など13種あるメニューの中から目的にあったものを体験する。

散策から戻った「癒しの森の宿」では、落ち着いた空間の中で、旬の山菜やキノコ、低農薬栽培の野菜を使った食事が提供される。

企業・団体と協定を結び、健康づくりや研修、社会貢献に活用

「癒しの森」事業のメインターゲットは、都市部の企業や団体だ。現時点で39社(者)が利用しており、スタート時から着実に数を伸ばしてきている。

主な利用スタイルは、①健康づくり(福利厚生との融合)、②社員研修、③社会貢献と社員研修の複合型、④農産物交流──の4タイプに分かれる。

①健康づくり(福利厚生との融合)タイプは、TOPPANグループ健康保険組合(東京都台東区)などが利用しており、宿泊費(1人当たり約4,000円)とガイド料(同約3,000円)を健康保険組合が補助している。②社員研修タイプは、TDKラムダ(株)(東京都中央区)などが実施しており、入社3年目までの若手社員や管理職が同町で森林セラピーのほか、ヨガやアートセラピーなどを受けている。③社会貢献と社員研修の複合型タイプは、研修と合わせて環境教育や散策路整備などの社会貢献活動も行い、④農産物交流タイプでは町の特産品を社員が購入する仕組みをつくっている。

「癒しの森」事業の窓口をつとめる「しなの町Woods-Life Community」(鹿島岐子会長)事務局の河西恒氏は、「企業・団体からは『休職者が職場復帰した』、『離職率が大幅に減少した』、『良いチームに変化した』などの声が届いており、口コミも広がっている」と話し、「これからも企業・団体が利用しやすいように研究機関と連携してエビデンスを取得している」と現状を説明する。

河西恒氏

町独自の「メディカルトレーナー」が高い顧客満足度を支える

スタートから約20年を経過しても「癒しの森」の顧客満足度は高い。それを支えているのが約20名いる「森林メディカルトレーナー」だ。彼らは、「日本一高い森林セラピーガイド」とも言われる。ガイド料は、利用者2人以上の場合で1日3万1,000円(税込み)だ。

トレーナーは、信濃町独自の認定資格で、取得するには5つのステップを踏む必要がある。

まず同町が主催する計7日間の「初級講座」で座学・実地研修を受講する。その後、審査会で認可されれば、「信濃町森林療法研究会─ひとときの会─」に入会し、会員として活動しながら「中級講座」を受講し、日本赤十字社が定める「赤十字救急法救急員」等を取得し、トレーナー賠償保険への加入を経てトレーナーに登録される。

だが、トレーナーに登録されたからといって、すぐに独り立ちできるわけではない。先輩トレーナーにアシスタントとして同行するなど研鑽を重ね、事務局から指名されるようになれば晴れて一人前となる。

ニコル氏の提案を活かし事業化、課題を乗り越えてさらに前進

信濃町が森林セラピーに取り組み始めたきっかけは、「平成の大合併」が進む中で、同町に在住していた作家・環境保護活動家の故C.W.ニコル氏から提案された「エコメディカル&ヒーリングビレッジ構想」だった。この提案に賛同した町民が行政に働きかけ、「民が主導して官の事業になり町全体の取り組みにつながった」(河西氏)。

「癒しの森」を中心としたまちづくりの概要

以降、ドイツのクナイプ療法をモデルに試行錯誤を重ね、2006年にNPO法人森林セラピーソサエティが認定する「森林セラピー基地」となり、2020年には全国でも2か所しかない「2つ星」に全国で初めて認定された。

今後の課題を河西氏に聞くと、①高齢化対策、②専業人材の育成、③アフターコロナへの対応──の3つを挙げた。高齢化はとくに「癒しの森の宿」のオーナーで顕著になっており、未加盟の宿に働きかけて新規会員を募っている。

トレーナー育成に関しては、年間売上高が約1,000万円にとどまっており、全員が兼業者だ。河西氏は、「トレーナーだけで食っていける仕組みをつくっていく必要がある」と語調を強める。

コロナ禍の打撃は同町にとっても大きく、ピーク時は年間約6,000人いた利用者が一時は1,000人近くにまで落ち込んだ。今は約4,000人にまで戻ってきたが、河西氏は、「コロナ禍を経てコミュニケーションのあり方などが変わった。プログラムの内容も見直していく必要がある」と言う。そして、「“森の力”が健康経営や人材確保に貢献できることは、いつの時代も変わらない。今後も『日本一の森林セラピー基地』として前進していく」との決意を口にした。

(2024年8月29・30日取材)

(トップ画像=森林メディカルトレーナー(右から2番目)とともに森林セラピーロードを散策する利用者)

『林政ニュース』編集部

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