伝統の木桶と「発酵文化」を未来につなげる深瀬善兵衛商店【企業探訪】

山形県

「麹(こうじ)の里」として知られる山形県山形市の印役町(いんやくまち)。この地で江戸時代の1841(天保12)年に創業し、連綿と味噌づくりを続けている(株)深瀬善兵衛商店(深瀬尚子社長)が1世紀以上前につくられたスギの大きな木桶を「桶テーブル」として蘇らせるプロジェクトを立ち上げた。その背景には、何があるのか─。

巨大な木桶を「桶テーブル」に蘇らせるプロジェクトがスタート

深瀬善兵衛商店の蔵には、高さが約1.8mもある6尺桶が12本も残っている。製造されたのは、約120年前と推定されている。

木桶には、木材が持つ調湿・保温・通気性などの機能によって発酵や熟成の味わいを深く豊かにできる利点がある。現存する6尺桶も実際に味噌の仕込みに使われ、同町の「発酵文化」を育ててきた。文字通り地域の「礎」と言えるものだ。

スギを使った巨大な6尺桶(画像提供:深瀬善兵衛商店)

ただ、製造から1世紀以上を経過し、さすがに今は使っていない。いずれは解体・廃棄される運命にある。そうした6尺桶と日々向き合う中で、深瀬社長は、「何らかの形で残したいという思いが強くなった」と言う。

深瀬社長を突き動かす契機となったのは、昨年(2025年)2月に実父で前社長の昌三氏が他界したことだ。享年89歳。「不死身かと思うくらい元気だった」という昌三氏が天国に旅立ち、遺品を整理していると、「祖父母のもの、曾祖父母のもの、高祖父のもの、会社のもの、叔母のもの、菩提寺や地域に関連したものなど、本当にたくさんのものが出てきた」。深瀬社長は、「これからを生きる子供たちが見たことのないような古いものを未来につないでいくことはできないか」と考え、6尺桶のスギ材で「桶テーブル」をつくることに思い至った。そして、単に木桶を解体・再利用するのではなく、「発酵文化」を未来に伝えるネットワークを広げるために、クラウドファンディング(クラファン)で必要な資金を集めることにした。目標金額は200万円。クラファンに初めて挑む深瀬社長は、「どれだけ賛同いただけるのか全くわからない」と率直な不安を口にしながら1歩を踏み出した。返礼品には、同社の代名詞であるカネチョウ味噌をはじめオリジナルTシャツ、味噌づくり体験参加権などを揃え、蔵の屋根裏にあった和箪笥もラインナップに加えた。年季の入った和箪笥にも、過去と未来の橋渡しをするクラファンであることが含意されている。

→クラファンのサイトは、こちら

自然の恵みを活かした「ふるさとの味」を守るネットワークを広げる

深瀬善兵衛商店のある印役町周辺には麹を(なりわい)とする会社が多くあり、同町を含む山形市の面積の半分は森林で覆われている。地元の木材を使って木桶などをつくり、味噌製造業などが発展してきた歴史が今も息づいている。

深瀬尚子・深瀬善兵衛商店社長(店主、画像提供:深瀬善兵衛商店)

同社は、山形県産の原材料を活かした手づくり味噌を販売するだけではなく、「みそづくり教室」や「出張味噌作り講座」、「味噌祭り」などを開催して、ふるさとの味を伝える取り組みを続けている。その流れが「桶テーブル」づくりでさらに加速しそうだ。

深瀬社長は、「最近はインバウンド(外国人観光客)の方が突然見学したいとやってくることもある」と話しており、今春には駐車場を広げるなど受け入れ態勢を強化した。

「味噌汁がインスタントで終わってしまう世の中にはしたくない」と強調する深瀬社長は、「全国均一の味でないのがお味噌の良さ。風土が生み出してきた味が残るように頑張る」と決意を新たにしている。

(2026年9月11日取材)

(トップ画像=「桶テーブル」の完成イメージ、画像提供:深瀬善兵衛商店)

『林政ニュース』編集部

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