(前編)東日本大震災から15年を経た福島の再生に挑む【遠藤日雄のルポ&対論】

福島県 森林経営・管理 特用林産

2011年3月11日午後2時46分、三陸沖でマグニチュード9.0を記録する観測史上最大規模の地震(東北地方太平洋沖地震)が発生し、巨大な津波が太平洋沿岸を襲って約2万2,000人もの死者・行方不明者(震災関連死を含む)が出た。これに東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故に伴う放射能汚染も加わって未曾有の惨禍となり、森林・林業・木材産業の関係者もかつてない被害を受けた(第409・410・411号参照)。あの「東日本大震災」が起きてから早くも15年が過ぎ、被災地の復旧・復興をどうやって前に進めるかという課題が改めてクローズアップされている。
東日本大震災に先立ち、1995年1月には阪神・淡路大震災が起き、東日本大震災以降も、2016年に熊本地震、2018年に北海道胆振東部地震、2024年に能登半島地震が発生し、気候変動に伴う豪雨災害なども頻発している。まさに災害列島と言える日本で、将来につながる森林づくりと木材利用をどうやって持続的に行えばいいのか。この根源的な問いへの答えを求めて、遠藤日雄・NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長は、東日本大震災の被災地で復旧・復興の最前線に立っているキーパーソンと「対論」をすることにした。その人は、福島県森林組合連合会の会長で、いわき市森林組合長もつとめる田子英司氏。1955年に福島県のいわき市で生まれ、森林とともに生活してきた田子会長の眼に、現状はどのように映っているのか。遠藤理事長が問いかける。

経験したことのない大地震に襲われて日々の生活が一変した

田子氏は、東京農業大学を卒業後、家業である林業を営む中で周囲からの信望が高まり、2013年にいわき市森林組合長に就任し、2021年に県森林組合連合会の会長となり、全国森林組合連合会の理事も兼務している。多くの要職をこなしながら、被災地の再生に汗を流す日々を送っている。

遠藤理事長

東日本大震災が発生してから15年の間に様々なご苦労があったと思うが、まず大地震が起きたときの田子会長の回りの状況について教えて欲しい。

田子英司・福島県森林組合連合会会長(いわき市森林組合長)
田子会長

大学を出て、自分の山と地域の山の経営・管理に尽くそうと取り組んでいたのだが、経験したことのない大地震に襲われて生活が一変してしまった。まさかこういう状況になるとは夢にも思っていなかった。

遠藤

家業である林業経営は継続できているのか。

田子

それは今も続けている。また、休日を利用して約2haの水田を自分で耕作している。だが、震災前に飼育していた牛は手放し、緑化木支柱の生産も止めざるを得なかった。

空間線量率の低下など一定の進展はあるが、終息は見通せず

遠藤

東日本大震災では津波とともに原発事故に伴う放射能汚染が被害を深刻化させた。
林野庁の資料によると、福島県の空間線量率は、事故直後の0.91μSv/h(マイクロシーベルト・パー・アワー)から昨年(2025年)3月時点では0.16μSv/hにまで下がっており、海外の主要都市とほぼ同水準になっている。今後も空間線量率は低下していくと予測されており、放射能汚染問題は終息に向かっていると考えていいか。

田子

確かに空間線量率の低下など一定の進展はあるが、終息が見えてきているとは言い難いのが実情だ。とくに双葉地方など原発施設に近いエリアはまだまだこれからというところで、長期的な課題として今も対策をとり続けている。

世界と福島県内の空間線量率の現状(出典:林野庁資料)
遠藤

原発事故によって放出された放射性物質は、森林の樹冠に付着した後、地面の落葉層から土壌へと移動していき、ほとんどは土壌表層に分布するとされている。また、樹木の部位別に放射性物質の分布状況を調べた結果では、葉や枝、樹皮に比べて木部の濃度が低いことがわかっている。

田子

そうした測定結果などを踏まえて、森林施業を行う際には土壌流出防止策を講じるようにしている。間伐などを行うときには、外部被ばく線量を抑える対策をとりながら、林業機械等を活用して効率的に森林整備を進めているところだ。

シイタケ原木の一大産地が壊滅的な状態に追い込まれた

遠藤

放射能汚染は、福島県の林業・木材産業に大きなダメージをもたらしたが、現場で最も問題となったのは何か。

田子

原発事故後、福島県産材はマーケットで敬遠されて一時的に価格が大きく下落した。その中で、スギ・ヒノキなどの針葉樹については国からの出荷停止規制は一度もかからなかったが、製材業者が製品1本ずつに放射性物質の測定証明を付けて出荷する異例の対応を迫られた。県内の木材市場でも放射能測定装置を導入して競売などを行う体制が今も続いている。
とくにダメージが大きいのは広葉樹だ。シイタケ等の生産地では、㎏当たり50ベクレルという指標値を超える放射性物質を含む原木の出荷ができなくなった。

遠藤

福島県の旧都路村(現田村市都路町)などは、古くから知られるシイタケ原木の産地であり、コナラなどの原木林を循環的に利用する仕組みが確立されていた。そうしたサイクルを維持することが難しくなったのか。

田子

当県は、岩手県と並ぶシイタケ原木の産地だったが、壊滅的な状態に追い込まれた。伐採・搬出・運搬のサプライチェーン全体が崩壊し、携わっていた技術者の多くが廃業か他産業へ転じることを余儀なくされた。とりわけ旧都路村のエリアには広葉樹に関するプロフェッショナルが揃っていた。そのノウハウが失われてしまう恐れがあり、ダメージは非常に大きい。

5,000haに及ぶ広葉樹林再生へ、特別プロジェクトを推進

遠藤

日本を代表するシイタケ原木の一大産地が失われてしまうのは何としても避けたい。何か対策はないのか。

田子

国も危機意識を共有しており、2021年度から「里山・広葉樹林再生プロジェクト」を連携して進めている。このプロジェクトでは、指標値を超える放射性物質が測定された広葉樹林を皆伐して、伐出材はパルプ材などとして活用し、萌芽更新によってシイタケ原木林を再生することにしている。

遠藤

どのくらいの規模で行っているのか。

田子

当県全体で年間250haの伐採・更新を20年間にわたって行い、合計で5,000haの再生を目指している。旧都路村を含む田村市地域では、900haを再生する計画だ。事業費には、伐採搬出費なども組み込まれており、森林所有者には伐出材の売り上げが還元される仕組みになっている。

「里山・広葉樹林再生プロジェクト」の概要
遠藤

かなり手厚い支援策だ。

田子

さらに当連合会では、皆伐で出てきた木材をパルプ材などにするだけではなく、トラックのボディーやフローリング、家具向けの用材として利用する取り組みも今年度(2025年度)から始めている。コナラやミズナラの新たな用途をつくることは簡単ではないが、何とか有効活用の道筋をつけていきたい。

遠藤

広葉樹の新規重要創出は、日本林業全体のテーマでもある。福島県で成功事例ができることの意義は大きい。

田子

スギなどの針葉樹についても、いわき市内で大型加工工場が本格稼働する段階に入っている。震災からの復旧・復興は、ようやく新しいステージに入ってきている。(中編につづく)

(2026年3月10日取材)

(トップ画像=放射性セシウムの物理学的減衰曲線とモニタリング実測値(362箇所の平均値)の関係、出典:林野庁資料)

遠藤日雄(えんどう・くさお)

NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長 1949(昭和24)年7月4日、北海道函館市生まれ。 九州大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士(九州大学)。専門は森林政策学。 農林水産省森林総合研究所東北支所・経営研究室長、同森林総合研究所(筑波研究学園都市)経営組織研究室長、(独)森林総合研究所・林業経営/政策研究領域チーム長、鹿児島大学教授を経て現在に至る。 2006年3月から隔週刊『林政ニュース』(日本林業調査会(J-FIC)発行)で「遠藤日雄のルポ&対論」を一度も休まず連載中。 『「第3次ウッドショック」は何をもたらしたのか』(全国林業改良普及協会発行)、『木づかい新時代』(日本林業調査会(J-FIC)発行)など著書多数。

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