【寄稿・後編】「林業」と小学校社会科の教科書について──林野庁長官 青山豊久

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【寄稿・後編】「林業」と小学校社会科の教科書について──林野庁長官 青山豊久

前編からつづく)青山豊久林野庁長官は学習指導要領の改訂が国民の潜在意識に及ぼしてきた影響に注目する。では、どう林業関係者はどのように対応していけばいいのか。

4.復活したのは「森林の保護」だった

おおざっぱに言って、昭和44(1969)年3月以前に生まれた人たち、今の年齢で55歳以上の人は、小学1年生から社会科を習いはじめ、2年生のときに身近な職業について学んだ。その中で山の木を伐り出したり、炭を焼く人々が登場する。5年生のときには、国民生活を支える産業の1つとして、農業や水産業と並んで林業が営まれていることを学んでいる。

一方、54歳以下の人は、小学校で「林業」を学ぶことはなくなった。小学校高学年の社会科の授業時間が圧縮されたことに伴い、身近な食に関する農業や水産業は学ぶ一方で、林業は省略されてしまったのである。

その後、昭和56(1981)年4月以降生まれの42歳以下の人たちが5年生になったときに、「森林資源」が登場する。国土と環境を学ぶ一環として、国土の保全や水資源の涵養のために森林資源が大切であると習い始めるのである。

このとき同時に、小学校の社会科は3年生から習う科目になった。「55歳以上の人は小学2年生のときに…」と書いたことに対して、「えっ!小学2年生の社会科の教科書?」と違和感を覚えた方は、42歳以下の方々である。もう今は、小学2年生の社会科などないからである。

学習指導要領は、およそ10年に一度、その時々の社会情勢に合わせて学習内容に変更が加えられ、同時に総授業時間数や教え方も変更される。言い方を変えれば、社会の変化は、10年ごとの学習指導要領の変更により、全国一斉の教育課程で固定化されていくのである。

人は自分の体験によって意識ができ上がるが、後輩たちが必ずしも同じ認識に立っていないということが分かっていないと妙なことになる。教育に関しては、特定の学年を境に共通認識の断層が現れる。森林・林業に対する認識については、令和5(2023)年時点の年齢で54歳と42歳に大きな断層がある。

5.林業関係者として認識しておくべきこと

自分のキャリアで、昭和63(1988)年の入省から2年間の林政課勤務、平成2(1990)年から出向した高知県梼原町役場の林業係の2年間、最初の4年間は林業が主だった。それから20年超のブランクを経て、平成27(2015)年に林野庁に戻ってきたとき、さかんに「伐って、使って、植えて、育てる」とPRしていることが気になった。

自分にとっては、当たり前の「林業」の営みが、平田美紗子画伯(北海道森林管理局職員)のマンガで分かりやすい絵の形になったにせよ、PRや説明の対象になっていることに驚いたのである。

また、梼原町に出張し、旧知の森林組合の人たちと話をしたときのこと。「木造の家を建てたいという施主の若夫婦をサービスのつもりで山へ連れて行った。どの木を使って家を造りましょうかと尋ねると、若夫婦からは、まず『この木を伐って良いのですか?』という質問が返ってくる」ということだった。若い彼らには「木は伐って、使って、植えて、育てることによって、山の自然環境が保全されていく」ということから説明しなければならない時代になっていたのである。林業という生業(なりわい)によって経済を循環させ、そして杣人(そまびと)たちが森林の手入れをする、自分たちにとっては当たり前の話が、通じない世代が登場してきたということだった。

一方、今の若い人たちは、自分の世代より、SDGsや生物多様性に対する感性が明らかに鋭いと感じる。

事象が少なくあくまでも仮説にすぎないが、岩村暢子さんが発見した法則にしたがうと、小学5年生における全国一斉の「教科書」「学校教育」の共通体験により暗黙のうちに形成された認識により、森林・林業に対する世代別の感性の違いを合理的に説明することができるのである。

つまり、令和5年時点で、54歳以下の人たちは小学生時代に「林業」という産業を習っていない。その後の人生の中での知識を持っている人は多いかもしれないが、共通認識として有していることを前提にしてはいけない。

また、42歳以下の人たちは、国土の保全や水資源の涵養の観点から森林資源を守ることが重要だということを世代の共通認識として有しているので、森林の利用をそうした視点で捉える施策を打ち出していくことは、極めて理にかなっている。

昔ながらの産業としての「林業」をPRすることも大事だが、国土の保全や水資源の涵養の観点から森林資源を守っていくことは大切であるという共通認識を有する42歳以下の人々が、社会の大半を占め、消費の大宗を占めていく中で、こうした森林の働きを評価し、費用負担しても良いと考える人々の割合は、高齢者世代が思うよりずっと高くなっていく可能性があると思うのである。

(2023年8月18日原稿受領)

青山豊久(あおやま・とよひさ)

1965(昭和40)年3月12日生まれ。岐阜県多治見市出身。1988(昭和63)年に東京大学法学部を卒業後、農林水産省に入省。林野庁林政部林政課長、大臣官房秘書課長、大臣官房技術総括審議官兼農林水産技術会議事務局長などを経て、2022(令和4)年6月から農村振興局長をつとめ、2023(令和5)年7月に林野庁長官に就任*1

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