(中編)井上篤博・セイホク社長が構想する新戦略【遠藤日雄の新春対談】

(中編)井上篤博・セイホク社長が構想する新戦略【遠藤日雄の新春対談】

前編からつづく)合板業界は昨年(2024年)、販売数量の減少と価格の下落に加え、製造コストのアップという厳しい事業環境に直面した。その背景には、住宅着工戸数の減少をはじめとした国内需要の縮小があり、現状を打開していくためには、従来の延長線上ではない新たな経営戦略が不可欠となっている。井上篤博・セイホク(株)代表取締役もこの点は十分に認識しており、約10年前に遠藤日雄・NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長と行った対談でも、海外市場の開拓などにチャレンジしていく姿勢を示していた*1*2。いよいよ合板業界の命運を左右する新規事業が本格的な実行段階に入り、成果が問われる中で、トップリーダーはどのようなタクトを振ろうとしているのか。遠藤理事長が迫る。

急変が続く国際情勢、戦争によってロシアとの関係も様変わり

遠藤理事長

合板業界の今後を考える上で、国際情勢の変化に対応することが益々重要になっているという井上社長の指摘は示唆に富む。この約10年間を振り返っても、合板原料の主要供給国であったロシアとの関係は様変わりした。
前回の対談時には、ロシアからの原木(丸太)輸入量が急減することの影響を議論したが、その後、ロシアのウクライナ侵攻に起因する経済制裁で単板の輸入が禁止された。

井上社長

ロシアは、自国の木材産業を育成するために、原木の輸出規制を段階的に強めてきた。まず2008年に輸出税を6.5%から25%に引き上げ、2017年には年間400万m3の輸出枠を設定した上で、枠内数量については低い税率(13%)とする一方、枠外数量には高い税率をかけるようにした。枠外税率は、2021年に80%に引き上げられ、2022年からは未加工の原木と粗く加工された木材の輸出を禁止した。

ロシアによる原木(丸太)輸出税引き上げの推移
遠藤

ロシアがとっている自国産業保護政策は、他の林業国にも共通して窺えるところがある。急変する国際情勢もあり、合板用の原木を安定的に確保することは益々難しい時代になってきている。

井上

そうした時代状況も踏まえて、合板業界としては、現地(ロシア)である程度製品化してから日本に輸入しようと取り組んできた。具体的には、現地の関係者と連携して、乾燥単板を生産する工場を2つ設立した。工場を安定稼働させるために、日本から技術者を派遣して指導し、森林認証を取得して合法性も担保するようにした。ところが、ロシアのウクライナ侵攻によって、これまでの取り組みが一気に“ゼロ”になってしまった。

ロシア産カラマツを使った合板用単板(撮影:遠藤日雄)

単板輸入量の約8割を占めていたロシア産が一気に“ゼロ”に

遠藤

ロシアからの単板輸入量の推移をみると、状況の急変ぶりがよくわかる(図1参照)。2010年から単板輸入量が急増し、2021年には日本の単板輸入量に占めるロシア産単板のシェアが82%に達した。それがわずか2年後の2023年は0%に急落した。

図1 ロシアからの単板輸入量の推移
井上

2022年の2月にウクライナに侵攻したロシアは、翌3月に日本を含む「非友好国」に対して、製材以外の単板、木材チップ、原木の輸出を禁止する措置をとった*3。これに対して、日本は同年4月に同じ品目を輸入禁止にした*4
その後、ロシアは同年8月に単板の輸出禁止を解除した。だが、日本は輸入禁止措置を続けたまま今日に至っている。

遠藤

ロシア・ウクライナ戦争が解決に向かう兆しは見えない。今後もロシア材の利用は難しいだろう。

井上

ロシア材は、合板メーカーにとって使いやすく魅力的な原料であることは間違いない。輸送距離も日本から近い。北米からダグラスファーの原木を輸入するには10倍ぐらいの日数がかかる。それだけ好条件だったのだが、もう前提を変えて対応していくしかない。

2022年の合板用国産材使用量は約490万m3、近年のピーク

遠藤

国際情勢の先行きが不透明な中では、まず足元の国内需要を固めることが重要だろう。林野庁が昨年9月に公表した最新の「令和5(2023)年木材需給表」*5によると、2023年には約390万m3の国産材が合板用材として使われた。井上社長が日本合板工業組合連合会の会長に就任した2004年の合板向け国産材使用量は54万4,000m3だった。当時と比べて約7倍に増えており、合板業界の国産材シフトが鮮明に読み取れる。
ただし、前年(2022年)の合板用国産材使用量は約490万m3と近年のピークに達していた(図2参照)。それと比べると、直近では約100万m3も需要規模が縮小している。

図2 合板用材の供給量の推移
井上

2023年の落ち込みは、何と言っても市況低迷の影響が大きい。住宅着工戸数の減少に加えて、最近の新築住宅は平屋の割合が増えており、2階建てや3階建てが減っているので、それだけ合板の使用量も減少している。構造的な問題と言えるだろう。

遠藤

視点を変えて、合板用材の自給率をみると着実に上昇してきている。2022年に50%に届き、2023年は52.3%に続伸した。日本の林業・木材産業全体で自給率50%を目指している中で、合板業界はすでに目標をクリアしている。

井上

合板用材の自給率アップは、官民挙げて取り組んできた成果と言える。だが、現状に甘んじていては、今後の展望は拓けない。政府が2021年6月に閣議決定した新しい森林・林業基本計画では、合板用国産材使用量を700万m3にまで増やす目標を設定している。

「AKG50」から「Go!700!」へ、体制が整ってきた

遠藤

新しい森林・林業基本計画によると、2025年には合板用国産材使用量が700万m3に達するとのシナリオを描いている(図3参照)。前計画の目標数値は500万m3であり、これは2022年にほぼ達成できたが、さらに200万m3を上乗せするのは至難の業ではないか。

図3 森林・林業基本計画が掲げている目標と実績
井上

確かに、700万m3という数字は容易に到達できるものではない。500万m3を目標にしていたときは、「あらゆるところに(A)国産材(K)合板(G)を利用する」という意味を込めて、「AKG50」キャンペーンを業界全体で展開し、需要を広げてきた。
今は、新計画を踏まえて、「Go(合板)!700!」をスローガンにして、新規需要獲得などの取り組みを強化することにしている。これまでも課題にしてきたフロア台板や型枠用合板での国産材利用拡大に加えて、中層・大規模建築物などの非住宅分野や内装分野、そして海外市場の開拓などを推進していく。

遠藤

そのためには、国際競争力のある合板の新製品や新たな技術開発が必要だろう。

井上

そのとおりだ。そのための体制づくりが整ってきており、製品ラインナップも揃ってきた。(後編につづく)

(2024年12月3日取材)

(トップ画像=議論を交わす井上社長(左)と遠藤理事長)

遠藤日雄(えんどう・くさお)

NPO法人活木活木(いきいき)森ネットワーク理事長 1949(昭和24)年7月4日、北海道函館市生まれ。 九州大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士(九州大学)。専門は森林政策学。 農林水産省森林総合研究所東北支所・経営研究室長、同森林総合研究所(筑波研究学園都市)経営組織研究室長、(独)森林総合研究所・林業経営/政策研究領域チーム長、鹿児島大学教授を経て現在に至る。 2006年3月から隔週刊『林政ニュース』(日本林業調査会(J-FIC)発行)で「遠藤日雄のルポ&対論」を一度も休まず連載中。 『「第3次ウッドショック」は何をもたらしたのか』(全国林業改良普及協会発行)、『木づかい新時代』(日本林業調査会(J-FIC)発行)など著書多数。

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