枡で木質空間をデザイン、「MASPACIO」を本格展開
JR大垣駅前にある「マスカフェ」。大橋量器が枡のアンテナショップとして運営しているこの店舗に入ると、独特の木質空間に包まれる。壁面に使われているのは、同社が提案する「MASWALL(マスウォール)」の原形。1合枡を何個も組み合わせた幾何学的なデザインが目を引き、木の持つ温もりや安らぎ感も伝わってくる。
「MASWALL(マスウォール)」の構成単位となっている枡には、「アラレ(ARARE)」、「コウシ(KOSHI)」、「カド(KADO)」の3パターンがあり、照明や配置の仕方によって異なる表情を見せる。
このほかにも店内には従来の枡のイメージを一新させる製品が並んでおり、新鮮な発見に満ちている。同社は、枡をつかった空間デザインを「MASPACIO(マスパシオ)」のブランド名で事業化しており、「使う枡」から「見せる枡」への転換を進めている。この大胆な挑戦は、どのようにして始まったのか。
アゼルバイジャンの日本食レストランで事業のきっかけ掴む
大橋量器社長の大橋博行(56歳)が「MASPACIO」立ち上げのきっかけを掴んだのは、2011年のこと。中央アジアのアゼルバイジャンにある日本食レストランから、1万4,200個もの枡の注文が舞い込んだ。一体何に使うのかと現地の写真を取り寄せると、パーティションの部材として用いられていた。大橋は、「最初見た瞬間は何が何だかわからなかった」と振り返るが、枡の新たな用途を見いだす貴重な機会になった。
この頃、国内の飲食店でも同社の枡をインテリア部材として使うケースが出てきており、「当社の方から積極的に提案できないか」と事業化の検討に着手。2018年に入社した伊東大地(26歳)が担当者となり、「異業種の方と協業してプロジェクトを進めた」結果、昨年3月から「MASPACIO」を本格展開し始めた。
「MASPACIO」は、「枡」にスペイン語のmas(もっと)とespasio(空間)を組み合わせた造語。「マスカフェ」のようなリアル店舗とともに、オンライン上でも独自開発のAR(拡張現実)アプリを使って、“空間をデザインする枡”の可能性をアピールしている。
大垣市が8割強のシェア、「あられ組」で1滴も漏らさない
枡の市場規模は、およそ10億円。その約半分は酒造メーカールート、残り半分は個人の生活用品やイベント等のノベルティグッズなどとして消費されている。
全国で使われる枡の8割強は大垣市で生産されており、文字通りメッカだ。同市での枡づくりは、明治20年代に名古屋から来た桶職人が伝えたとされる。市内の枡メーカーは、ピーク時に11社まで増えたが、現在は3社にまで収斂された。
枡の原料になるのは、高品質のヒノキ材。大橋量器はもともと木曽檜だけを使ってきたが、今はその比率が3割にまで減少。残り7割は東濃地域や尾鷲地域などから調達している。
枡づくりには、緻密な匠の技が求められる。とくに心臓部といえるのが「あられ組」。枡の形を強固に保つとともに、液体を漏らさないように隙間なく組み立てるための核心技術だ。大橋は、「紙1枚を入れるか、入れないかという精度が必要」と評する。
30代前半の若さが強み、コロナにも機敏に対応し「後世へ」
伝統産業を担う大橋量器の社員は32名、平均年齢は30代前半。この4月には2名の大卒者を新規採用した。この若さが同社の最大の強みだ。とくに、枡の可能性を広げる企画力や提案力が高い。2011年にグッドデザイン賞を受賞した「すいちょこ」をはじめ、独自商品を幅広く揃えている。
事業環境の変化にも機敏に対応している。以前は、パリ、フランクフルト、香港、ニューヨークなどの展示会に出展し、海外進出に力を入れていた。大橋は、「世界中で枡の認知度を上げて、大橋量器のブランドを向上させたいと考えていた」と話す。
だが、コロナ禍でマーケットは一変した。人の移動に制約がかかる中で、3尺枡や5尺枡などの小物が売れ筋となり、岩塩とハーブを枡におさめた入浴剤「Math Salt(マスソルト)」などが人気を集めるようになった。「海外出展ができなくなった分、生活の様々な場面で枡が使われるように力を入れていく」──経営方針を柔軟に見直した大橋は、「1300年以上かけて築いてきた枡の文化を何とか後世に伝えたい」と改めて意欲をみせている。
『林政ニュース』編集部
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