ポリエチレングリコールを使いスギの木粉からリグニン製造
昨年4月、国家プロジェクトの「地域リグニン資源システム共同研究機構」(SIPリグニン)にとって中核施設となる“工場”が森林総合研究所(茨城県つくば市)の一画で稼働を始めた。名称は、「改質リグニン製造ベンチプラント」。スギの木粉から効率的にリグニンを抽出できる世界初のモデル工場だ。
SIPリグニンの代表である森林総研の山田竜彦・木材化学研究室長が「千差万別」と言うように、リグニンは化学的な多様性が大きすぎて、“安定・均一”を前提とする工業材料としての利用は進まなかった。
紙パルプの製造で主流となっているクラフト法では、木材チップに苛性ソーダと硫化ナトリウムを主成分とする薬液を加え、圧力をかけながら加熱してセルロース繊維(パルプ)を取り出している。この過程でリグニンの水溶液(黒液)が出てくるが、あくまでも副産物という位置づけであり、重油の代替燃料としてサーマル利用する段階にとどまっている。
平成11年から21年にかけては、「相分離系反応システム」によってリグノフェノールを製造するプロジェクトが推進されたが、木粉に前処理を施す必要があることや、パラクレゾールなどの劇物を取り扱う難しさもあって、まだ実用化には至っていない。
こうした閉塞状況を打破するため、SIPリグニンではポリエチレングリコールを使った酸加溶媒分解という方法でリグニンを取り出すことにしている。その第1号工場が「改質リグニン製造ベンチプラント」なのだ。
常圧下で加熱し攪拌をするだけ、熱源は木質ボイラーの蒸気を利用
SIPリグニンが立ち上げた“世界初のリグニン製造工場”は、図のような設備・機器からなっている。容量1,000ℓのメインリアクター(①)に約50㎏(気乾重量)のスギ木粉を投入すると、約10㎏のリグニンが得られる(④)。抽出・精製されるリグニンは、熱加工ができる良質なものであり、「改質リグニン」と呼ばれている。
製造過程で得られるパルプは副産物として利用でき(②)、薬液をリサイクルする設備も完備(⑤、⑥)。プラント全体で、資源を無駄なく利用できるようになっている。
山田・SIPリグニン代表は、この工場の最大の強みとして、「安全かつコンパクト」なことをあげている。
「安全」な理由の1つは、使用薬剤がポリエチレングリコールであること。ポリエチレングリコールは、ハンドクリームや洗口剤などにも使われており、可燃性の高い有機溶剤などと比べて、格段に安全性が高い。
もう1つの「安全」な要因は、メインリアクターに圧力容器を用いていないこと。常圧下で加熱・攪拌するだけの“大きな鍋”がリグニンづくりの“肝”というシンプルな製造システムが「コンパクト」な工場を可能にしている。
しかも、プラント全体の熱源は、「地域の製材所などにある木質ボイラー等からの蒸気で十分賄える」(山田代表)。要するに、SIPリグニンのプロジェクトでは、地産地消型の工場を各地に立地させていくストーリーが描かれているのだ。
山元の製材所に隣接してリグニン工場を、国内資源が不可欠
SIPリグニンのプロジェクトがスタートした背景には、革新的な技術開発とともに、安倍政権が重点課題にしている地方創生に貢献できるという期待値の高さがある。リグニンはあらゆる木材に含まれているが、「スギから得られる『改質リグニン』は品質がよく、材料利用に適している」(山田代表)と評価が高い。
SIPリグニンの研究目標には、「山林の最大の未利用資源である林地残材の活用」が掲げられている。林地残材については、木質バイオマス発電の燃料に使うルートも拡大しているが、発電燃料は海外から輸入されるチップやPKS(パームヤシガラ)などでも代替できる。
これに対し、SIPリグニンがターゲットにしている次世代型の高付加価値製品を生み出すには、スギのリグニンが不可欠。国内の森林資源にこだわる“必然性”があり、これから整備していくリグニン工場は「山元の製材所に隣接して建設する」(山田代表)ことが構想されている。
長らく「厄介者」扱いされ、利用されても副産物=脇役に甘んじてきたリグニンに、“主役”としてのスポットが当たろうとしている。
(2016年2月1日取材)
(トップ画像=「改質リグニン製造ベンチプラント」の内部)
『林政ニュース』編集部
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